『男はつらいよ』シリーズに何度か登場した久大本線(久留米-大分)を走る車両

【今日は鉄道の日】寅さんの聖地を鉄道でめぐる巡礼旅10選

SLの時代から鈍行列車でゆるゆると

山田洋次監督の蒸気機関車への愛

10月14日は「鉄道の日」である。わが国初の鉄道が新橋~横浜(現桜木町駅)間に開業したのが、明治5(1872)年9月12日(現行暦10月14日)であったことなどから、定められた。

明治の初め、東京・高輪付近を走る蒸気機関車を描いた錦絵

鉄道ファンを標的にさまざまなイベントが企画されているようだが、「鉄ちゃん」でなければ、鉄道の日を楽しめないというものでもない。鉄道シーンが頻出する映画『男はつらいよ』シリーズを堪能しながら、〝鉄旅〟を楽しむ手がある。

 

列車や駅は、単なる移動手段・起点というだけではなく、人生や運命の転機と深くかかわる側面を持っている。

忙しい日々から解放されるレジャー色の濃い「旅」もあれば、おのれの人生を見つめ直す「旅」、失恋の痛手を癒す傷心の「旅」、青雲の志を抱いて上京する「旅」、集団就職・帰省のための「旅」…。

こうした側面を内包している鉄道を上手に乗りこなしたいなら、映画『男はつらいよ』の主人公・寅さんの流儀に学ぶにしくはない。なにせ彼は、車の免許は持たず、飛行機も怖くて乗れないのだ。しかも、テキヤという旅が日常の稼業なのである。いきおい、目的地への移動は鉄道と相成る。それも、もっぱら鈍行列車でゆるゆると旅するのがお好みだ。

1969年から2019年までつづいたシリーズだけに、画面に映しだされる鉄道の旅も世相に応じてずいぶんと様変わりしている。廃線となってしまった路線も少なくない。さて、寅さんの案内で、時空を超えた鉄道旅に出かけるとしましょう。

『男はつらいよ 望郷篇』(函館本線小沢駅/SLの驀進)

『男はつらいよ』シリーズの第1作が公開されたのは昭和44(1969)年。わが国に鉄道が誕生してほぼ1世紀後のことだ。この年、アポロ11号が月面着陸したとはいえ、月旅行など夢のまた夢、航空機ですら庶民の乗り物とは言いがたかった。自家用車を所有している人はさして多くはなかったろう。

そうした時代にあって、乗り物の主役は鉄道をおいてはなかった。国鉄(現・JR)のSL(スティーブ・ロコモーティブ=蒸気機関車)は、シリーズが始まった翌年にはまだ1600両あまりが走っていた。

鉄道ファンを陶然とさせたSLは、1976年をもっていったん営業運転を終えた。それ以前に公開された初期の『男はつらいよ』シリーズでは、SLの終末期があざやかに捉えられている。驀進するSLの迫力に背筋がゾワリとするのは、第5作『男はつらいよ 望郷篇』(1970年、マドンナは長山藍子)だ。

かつて世話になった親分が危篤と聞き、寅さんは舎弟の登(津坂匡章=秋野太作)とともに札幌へ向かう。親分は妾に産ませた息子に会いたいと懇願する。探し当てた息子(松山省二=政路)は、小樽築港機関区の機関士だった。

ところが、けんもほろろの応対で、D51形に牽引された貨物列車に乗務してしまい、寅さんは置いてきぼりに。あわてて、タクシーで貨物列車を追い、函館本線銀山駅に先回りしたのだが、列車は停まらず素通り。さらに追いすがり、小沢(こざわ)駅でようやく息子をつかまえる。だが、息子は父親との対面を拒む。

函館本線小沢駅はかつて、岩内線との分岐駅であり、駅前には旅館、パチンコ屋、飲食店、映画館などが立ち並ぶほどの賑わいをみせたが、今はすっかり寂れてしまった。

かつて、地方都市の座標軸は鉄道の駅にあった。しかし、車社会が到来したことで鉄道は主役の座から転落、地方の弱小私鉄の廃線が相次いだ。昭和40年代の後半以降、国鉄の不採算路線も廃止されていった。

ことに、『男はつらいよ』シリーズに多くのロケ地を提供している北海道のダメージが大きかった。映画ロケ地となった路線だけでも相当の数が廃止されている。来年4月1日には、2015年以降に続いた自然災害のせいで運休がつづいていたJR日高線の鵡川(むかわ)~様似間116kmの廃止も決まっている。

小沢駅の名物として知られたトンネル餅が健在なことが、せめてもの慰めである。

親分の訃報に接した寅さんは、浮き草暮らしのむなしさに気付き、堅気の道を選ぼうとする。そして、釜焚きこそが「労働者の鑑(かがみ)」と思い込んだことが、騒動の火種に。

D51形は蒸気機関車の代表的車種で、「デコイチ」の愛称で親しまれた。第2作『続・男はつらいよ』をはじめ、シリーズに何度も登場する。

SLには鈍重な生き物の如き味わいがある。身体をひと揺すりして野太い汽笛を鳴らし、一歩ずつ踏み出す。ドッ、ドッ、ドッという排気音に同調するかのように、煙突からもくもくと煙を吐く。先頭部の床下からシューッと白い蒸気を噴き出す。

満州鉄道の技師を父として生まれ、「蒸気機関車の運転士になりたかった」山田監督は、本作において蒸気機関車の魅力を余すところなく描いた。