世界は、「新世界」という新たな身分制社会になだれ込んでいる!

「自由」を解消する方向へ進化して
西谷 修 プロフィール

真理の崩壊

歴史的に振り返るというときに、その歴史あるいは出来事の意味づけをどうやって確かなものにするかという課題は当然入ってきます。ところが面倒なことに、今はその足場が崩れている。というのは、いわゆるポスト・トゥルースと言われるような状況が生じてきて、何が確かなことなのかという目安自体が、揺るがされているからです。

「ポスト・トゥルース」とは、アメリカでトランプ大統領が誕生した年に、オックスフォード英語辞典の「今年の言葉」に選ばれて有名になった表現です。要するに、「真実が通用する時代は過ぎ去った」、「もう真実かどうかには価値がない、情報としての価値はない」、ということです。

トランプ大統領は所得税問題に関する報道も「フェイクニュース」とつっぱねた(photo by gettyimages)

ドナルド・トランプはおおかたの大手メディアの予想に反して当選しました。そのとき、既成のメディアが流す情報よりも、ツイッターやフェイスブックで流される、事実確認や裏付けのない情報、あるいは故意の捏造情報が人びとの投票行動を左右したと言われ、そのメディア状況をこの言葉がうまく言いあてているということです。

実際、大統領就任式では、オバマ前大統領の時はホワイトハウス前の大通りが100万の人で埋め尽くされたのに、今回は20万人しか集まらなかったとメディアが報じると、トランプ新大統領のスポークスマンは、報道されたのとは別の写真を示し、これが「オルタナ・ファクト」(主要メディアが流すのとは別の事実)だと主張します。

選挙に勝って正統性を得た大統領府がそう言うわけですから、もうひとつの「真実」の方は<真実>としての通用力を揺るがされてしまいます。その「真実」に固執すると、それは「フェイクニュース」だと決めつけられます。あとは政府・政権と大手メディアの乱打戦になります。「真実」を支える軸が取り払われてしまったのです。

日本語では「真理」と「事実」は区別されていますが、「事実」を「真実」に言いかえると、両方とも「真」に関わるということになります。本当かどうか、本物かどうか、ということです。ものごとを人びとが議論したり、相互理解したりするときの、やりとりの軸になる、みんなが受け入れて議論の展開のベースにするような、コミュニケーションの拠り所のようなものが「真」あるいは「真理」です。

いろいろなレベルの「真理」があります。信仰の真理もあれば科学的真理もある。けれども今では、あらゆる「真理」が社会的な情報のなかに一元化されて、電脳化されたコミュニケーションの場に流れ出ています。

新聞を読んでも、本を読んでも、情報の処理はデジタル化されていますから、そちらがデフォルトです。その電脳の海に、言説の柱が溶けて漂っているというわけです。

先ほど、現在の厚みを測るために歴史を振り返る、と言いましたが、まさにその歴史を語るに際しても、真理の構造が掘り崩されていて、言いたい放題になっています。

いわゆる「歴史修正主義」と言われるものですが、「アウシュヴィッツにガス室はなかった」とか、「南京大虐殺が……」とか、「放射能に負けない……」とか、言いたい放題。まるで言葉がゲンコツであるかのように、互いに言い合うだけの状態になっているのです。

 

感情的反応と反復の強度

なぜそんなふうになったかといえば、やはり情報テクノロジーによるコミュニケーション空間の変質が決定的でしょう。

たとえば、人びとが議論をするとき、あるいは考えるとき、言葉で結びついたコミュニケーションの場があります。議論が成り立つために従わなくてはならない決まりとか、これは真実として受け入れなくてはならないとか、見えない規範のようなものが作用しています。それに則ることで議論は成り立っていました。

その規範、拘束の最も基本的なものが「AはAである」といった縛りです。赤を黒と言ってはいけない、サルをイヌと言ってはいけない。もちろん、どうしてAはAでないといけないかと問うてもいいのですが、そのときにも議論のベースでは「AはA」です。そういう縛りがみんなに共有されて、それでコミュニケーションは成り立ちます。

ところが、この条件をインターネット、デジタルIT技術が大きく変えました。

ネットがないときには、情報発信にはいろいろな回路とプロセスがありました。活字情報として流通させるためにも手続きがあって、一人ではなかなか難しい。編集という作業もある。いわば「公共」のふるいがかかっていたのです。

こう言ったほうが受けるという商業ベースの配慮が働いたとしても、それは顧客を引きつけるだけの質があるかどうかなど、情報の選別、ふるい分けが作用していた。

ところがインターネットとくにSNSによって、誰もがそんなフィルターなしに発信できるようになった。そのプラットホームを提供する業者もいます。それが現代の成長セクターですね。