ノーベル賞受賞の後こそ、「ゲノム編集」から絶対に目が離せない理由

「遺伝子を治療する」技術の光と闇
青野 由利 プロフィール

生命科学の「ゲームチェンジャー」

さて、ここからが本題。受賞理由となったゲノム編集とはどういう技術で、どのように開発されたのだろうか。

一言でいえば、生命の設計図である遺伝子を、ワープロソフトで文章を切り貼りするように、細胞の中で自在に編集する技術だ。

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こういうと、「これまでだって、遺伝子を操作する技術はあったじゃないの」と思う人は多いだろう。

確かに、組み換え農作物の作成や、遺伝子治療でも、遺伝子は切り貼りされてきた。でも、狙い通りの遺伝子改変ができたわけではない。ランダムな改変や挿入を利用してきたといっていいだろう。

狙った遺伝子を改変できる遺伝子ターゲティング技術もあるにはあった。これを使えば、特定の遺伝子の働きを止めた「ノックアウトマウス」をつくることができる。

さまざまな病気の解明に役立ち、イタリア出身の遺伝学者マリオ・カペッキら、この技術の開発者は2007年のノーベル生理学・医学賞を受賞している。

©藤本良平
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ただ、この方法でノックアウトマウスをつくるには、1年半かかる。応用できる生物も限られていた。

それが、2人が開発したゲノム編集技術「クリスパー・キャス9」を使うと、数週間でできる。しかも、簡単で、安い。さらに、どんな生物にも応用できる。

まさに、生命科学研究のゲームチェンジャーだったわけだ。

「クリスパー」とはなにか

ノーベル賞の発表文も「分子生命科学に革命をもたらし、植物の育種に新たな可能性を提供し、革新的ながん治療に貢献し、遺伝性疾患を治すという夢を実現できるかもしれない」と述べている。

確かに、その可能性の広がりは大きい。人類の未来に「光」をもたらしてくれることには大いに期待したい。

一方、そこには「闇」もあると思うのだが、その話を進める前に、どのようにクリスパー・キャス9が開発されたのかを、ざっとおさらいしておきたい。

研究の現場を取材してきていつも感じることだが、科学の大発見やブレークスルーは、最初から狙って生まれるものではない。クリスパー・キャス9もご多分に漏れず、思いもよらないところから開発された技術だ。

そもそもクリスパーは、細菌がもつ自然界のしくみである。

ちょっと不思議な気もするが、私たちが細菌やウイルスに感染するように、細菌もウイルス(ファージとよばれる)に感染する。すると、私たちの獲得免疫と似たしくみが働き、次のウイルスの感染に備える。

感染したウイルス遺伝子の一部を自分のDNAの中に取り込み、次に同じウイルスが侵入した際に、保存してあった配列と照合し、切断する。

このしくみを担う配列が、自然界のクリスパーだ。