旅好きセレクターによる、旅へと誘う本をご紹介! 今回は、〈パンラボ〉の池田浩明さんに選書してもらいました。

誰かにとっての日常は、僕らの非日常となる。

船乗りクプクプの冒険
北杜夫 著/新潮文庫(1971)

船医だった経験をもとに数々の名作を執筆した著者による初の児童書。本の中に入ってしまった主人公が船旅を通して成長する物語。

『船乗りクプクプの冒険』をたった5ページしか書かずに逃亡した作者キタ・モリオに代わって、読者であるタローが本の中に入りこみ、主人公クプクプとなって白紙の220ページを旅する物語。言葉が捻転を起こし、日常がめくれて、非日常へとジャンプする。小学生の頃、抱腹絶倒のうちに、冒険に出たい、ここではないどこかに行きたいと思いはじめたきっかけになった本だ。
 

崩れ
幸田文 著/講談社(1991)

晩年、ルポルタージュに力を注いだ幸田が、日本各地の土砂災害を訪ね歩いた記録。各地で見た自然の崩壊と人間の老いが交錯する。

72歳の大作家が、老骨に鞭打ち、日本各地の『崩れ』(=ガケ崩れ)を見届けに行くのはなぜなのか。見目麗しい景勝地ではなく、緑も剥がれ落ち、人も住めない、凄惨なる「殺風景」を見て、自然の怒りにおののき、ガケの不憫さ(?)に涙し、果ては母性愛を発動させ、言葉で抱きしめる。私も同じマニアとしてなんとなく理解できる。崩れは、内なる言葉の泉を湧き立たせる触媒だったのだろう。
 

発酵する日本
小倉ヒラク 著/Aoyama Book Cultivation(2020)

“発酵デザイナー”を名乗る著者が、47都道府県の発酵文化を訪ねた旅の記録。しっとりと美しい写真に日本食の知恵が写し出される。

『発酵する日本』をめくることは、発酵を追って旅することだ。登場する作り手は皆、その土地の素材を、その土地に住まう微生物でおいしくしようと必死である。今ほど流通の発達していない昔、食料の保存を担った発酵は、失敗すれば餓死を意味する、生存条件そのものだった。私たち自身、地球にへばりついて生きるほかない「微生物」なのだ。

非日常に脱出したつもりが、旅先の「日常」を目にして、また自分の日常に帰る。旅という「一周回って」は、そのはかなさにおいて、人生に似ている。

PROFILE

池田浩明 Hiroaki Ikeda
パンの研究所〈パンラボ〉主宰。世界のパンを実食し、それを言葉にして伝えるライター。著書に『サッカロマイセスセレビシエ』など。

●情報は、2020年5月現在のものです。
※本記事内の価格は、すべて税込み価格です。
Photo:Toru Oshima Edit:Yuka Uchida