2020.10.10
# 北朝鮮

北朝鮮が「ド派手な軍事パレード」で新型ICBMをお披露目する理由

朝鮮労働党創建75周年の今年はどうか
伊藤 孝司 プロフィール

金正日総書記登場せず

私が北朝鮮の軍事パレードを最初に取材したのは2008年だった。この年8月の「日朝実務者協議」で日本は、北朝鮮が拉致についての調査を開始するのと同時に、日朝間の航空チャーター便などの規制解除を実施する用意があると表明。チャーター便だと平壌までの飛行時間は2時間だが、中国経由だと2日かかる。チャーター便に大いに期待したが実現しなかった。

関西空港からの全日空便と、乗り継いだ中国の瀋陽からの「高麗(コリョ)航空便」は、在日朝鮮人で満席。9月9日の建国60年周の祝賀行事に参加するためなのだ。高麗航空は、臨時便まで飛ばした。

パレード当日は、朝からホテルで待機。午後4時30分にホテルを出発したが、その直前に「撮影ができることになった」との連絡がある。私はこの時、会場へのカメラの持ち込みが可能になった理由は、今日のパレードには金正日総書記が出席しないからだと確信した。案内員は、金属類は少しでもホテルへ置いておくよう何度も言うので、財布や鍵まで持たずに出発する。

金日成広場に近く、広い駐車場がある「解放山(ヘバンサン)ホテル」で車から降りる。会場へ向かう人々は全員が正装し、話もせずに黙々と歩いている。警備の兵士に何度も招待状と荷物のチェックを受け、金属探知機をくぐる。会場入り口での最後の検査で、一眼レフと望遠レンズの持ち込みが問題になった。プロの機材はダメだと言う。案内員が交渉してくれて、何とかそのまま入ることが出来た。

開始直前の金日成広場(2008年9月9日撮影)

初めての軍事パレード取材なので、緊張と興奮が次第に高まる。招待者たちが座る観覧台は主席壇のすぐ下。最高指導者はパレード後に退席する際、招待者たちに手を振るために身を乗り出す。距離は十数メートルしかない。そのため、厳しい持ち物検査をしているのだ。

観覧台は石造りで大きな階段状になっており、そこへそのまま座るようになっている。人が多くて、身動きできないほどだ。すぐ近くに「よど号グループ」のメンバーが座っているのを見つけて挨拶をする。

会場へは午後5時頃に到着したものの、パレードは6時スタートだった。予想した通り、金正日総書記は登場しなかった。8月末に韓国メディアが、脳卒中で倒れたと報じていたことへの信憑性が高まる。

パレードに登場した兵士は、民兵組織の「労農赤衛隊」だという。正規軍ではなくても、動きが見事に揃っている。はやり目を引くのは、通称「ガチョウ足行進」と呼ばれている行進の仕方。足をまっすぐ伸ばしたまま高く振り上げ手は動かさないという姿が、歩くガチョウを連想させる。

行進する労農赤衛隊の兵士たち(2008年9月9日撮影)

この行進をするには厳しい訓練が必要で、規律正しさや威厳を伝えることができるとされる。そのため、かつてのソ連(ソビエト連邦)から社会主義諸国へと広まった。今でも衛兵交代式などで、北朝鮮以外の多くの国でも行なわれている。

その大変な行進をこの国の軍事パレードではたくさんの兵士が行ない、しかも歩く速度が速い。そして部隊ごとに多様な「ガチョウ足行進」をする。装備を持たない部隊は、足を腰より上まで振り上げ、他の足はつま先しか地面に触れていない。兵士によっては、両足が地面を離れる瞬間があるようにさえ見えた。

これで広場を横切る約300メートルを、一糸乱れずに行進をするのである。かなりの時間をかけて訓練をするのだろう。兵士たちが履いている靴の底には鋲が打たれており、そのリズミカルな音が心地良い。テレビでは伝わらないパワーがグイグイと迫ってくる。

開始時間が遅かったので、一気に暗くなる。この当時はまだフィルムで撮影していたので、カメラぶれしないようにするのが次第に厳しくなる。約1時間でパレードは終了。1時間の休憩をはさんで、午後8時から「タイマツ夜会」をするという。休憩といってもトイレへ行くことしかできず、飲み物を買う場所もない。念のために持ってきたペットボトルの水に救われる。

タイマツを掲げる青年たち(2008年9月9日撮影)

「タイマツ夜会」とは、金日成広場を埋め尽くした青年たちが、タイマツをかざしながら行なうマスゲームだ。一人が2本のタイマツを掲げて走り回る。近年ではLEDライトに変わっているが、この頃はまだ本物の火が使われていた。

 

この2008年以降のパレード撮影は海外メディアに指定された道路上からの撮影だったので、観覧台の上から俯瞰した写真が撮れたのは貴重だった。

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