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習近平の強い意思、内モンゴル自治区でも始まった民族文化簒奪の圧力

言語もヂンギス汗も教育の場から消える

今も生きる中国内で生きるモンゴル語

今から30年以上前に筆者は商社員として北京に約5年間駐在していた。

筆者は機械の輸出担当であったので、当時の中国で機械の輸出入を担当していた国営の「中国機械輸出入総公司」(以下「機械総公司」)が商売の窓口であり、頻繁に北京市海淀区の「二里溝」に所在する「談判大楼(商談ビル)」に通って機械総公司の担当者との間で商談やメーカー技術者による技術説明会を行っていた。

そんなある日、談判大楼で行われた日本の某社製機械に関する技術説明会には、機械の購入を予定する最終ユーザーである工場の技術者10人程が参加していた。

商社員である筆者は技術説明をメーカー技術者に任せていたし、技術説明の中国語訳は専門の通訳に任せていたから、会場の後方で技術説明会の進行を見守っていれば良かった。こうした技術交流会に参加する工場の技術者はメーカー技術者が行う説明を一言一句も聞き漏らすまいと全員が克明にメモを取るのが通例であった。

さて、現在の中国語は文字(漢字)を左から右へ横書きするのが一般的であり、門標や標語などの特別な場合を除くと文字を縦書きすることはないと言って良い。

工場技術者が真剣にメモを取る様子を後方から見ていた筆者は、彼らの中にメモを取る手が上から下へと上下に動く人がいることに気付いた。そこで筆者がその技術者に後方から近付いてその手元を仔細に眺めると、彼が持つノートに書かれていたのは中国語の漢字ではなく、縦書きの模様のような文字であったのだ。

技術説明会の終了後に判明したのは、当該技術者が内モンゴル自治区出身のモンゴル族であり、彼が上から下へ縦書きしていたのがモンゴル文字であるということだった。

写真:南モンゴル人権情報センター
 

モンゴル族が独自のモンゴル文字を持つことを筆者は知識としては知っていたが、モンゴル文字を実際に書いている現場を目撃したのはその時が最初だった。今でも覚えているが、当該技術者は理知的な容貌の50歳前後の人であったが、メモに書かれていたモンゴル文字は整然としていて美しかった。