都井睦雄[ウィキメディア・コモンズ]/Photo by iStock

史上最悪の大量殺人「津山三十人殺し」猟銃と日本刀で村人を襲った男の真実

ターゲットは、馬鹿にしてきた女性たち

一晩で30人を手にかけた「大量殺人」

1938年、岡山と鳥取の県境にある山間の村で、深夜のわずか1時間あまりの間にたった一人の若者の手で、30人の老若男女が惨殺された。世にいう“津山三十人殺し(津山事件)”である。

横溝正史の金田一耕助シリーズ『八つ墓村』のモデルになった事件といえばピンとくるだろうか。

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徐州陥落に沸く日中戦争のさなかであるにもかかわらず、事件の報は日本中の人々を震撼させ、当時の新聞は一面で事件の詳細を伝え続けた。

しかし犯人は警察に逮捕されることなく、事件直後に近くの山中で自ら命を絶った。このため、事件の詳細は明かされないまま、警察の捜査は中止された。

その後も事件の詳細が不明のままだった最大の理由は、警察の捜査資料をまとめた「津山事件報告書」が、戦後しばらく閲覧できなくなっていたからだ。そのため1970年代から80年代にかけて、松本清張や筑波昭らの著作が事件を伝える主な資料として取り上げられ、事実関係が曖昧なまま事件の原因や経緯をめぐって様々な俗説が飛び交った。中には犯人の若者をダークヒーローとして崇拝する者まで現れた。

ただ最近の市民の調査によって、筑波昭の著作には創作の箇所が少なからず含まれていることが判明。バイブルだと思われた資料の信頼性が失われ、事件の解明はますます混迷を極めた。