FRaU web連載「世界94カ国で出会った男たち」(毎月2回更新)では、貧乏旅をしながら世界一周した様子を綴ったベストセラー『ブラを捨て旅に出よう』の著者・歩りえこさんに、世界各国で出会った男性とのエピソードを披露していただいています。

今回は、日本での生活に息苦しさを感じていた歩さんが、自分の生活環境や状況が恵まれていることに気づき、生きるうえで大切なことを学んだという「インド」旅について綴っていただきました。

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インド人の底力を感じた衝撃の光景

影響力のある芸能人の自殺が相次ぐ昨今の日本で、この先の人生で不安しかないと感じていたり、日々取り巻く厳しい現実から目を背けたくなっている人が思っている以上に増えているのかもしれない。

少しのミスも許されない社会。また不安を吐露できる相手がいない場合は一人きりで抱えてパンクしてしまう人も多くいるだろう。世界94カ国を実際に見てきて、日本は途上国と比べて豊かなのにも関わらず、多くの途上国で見たスラム街の子供たちのほうが日本人よりも心から笑って見えた。日本のこの得体の知れない生き辛さって一体何なのだろう?

今回紹介するインドも自殺率が非常に高い国ではあるが、実際に見てきたインド人の【生きることへの執着】や【人間の底力】は凄まじいものがあり、日本人にはあまりない【誰にどう思われようが気にせず生き抜くバイタリティー】をインド人から感じた

デリーから北東約160km離れた場所にあるヒンドゥー教の聖地ハリドワールを訪れた際に見た様々な光景は、ゆとり世代の私の頭にドカンと銃弾を撃ち込まれたかのような衝撃だった。

ダクシェシュワル寺院のガンガー(ガンジス河の現地での呼び名)の沐浴場では朝から晩まで多くのヒンドゥー教徒が沐浴に来る。人間だけでなく牛も沐浴し、死体が火葬され、汚物が流れる横で洗濯をしたり歯を磨く者もいる。

聖地ハリドワールで沐浴をする人々。写真提供/歩りえこ

全ての光景がグシャグシャと混沌として、どこか見ているだけで胸の奥がザワザワとする。得体のしれない様々な感情がドッと押し寄せて呆然と立ち尽くしている私の元に、無数の物乞いたちが集まってきた。

その物乞いをする人々は皆一様に普通の外見ではなかった。手足がない五体不満足な身体を持つ人ばかりだ。彼らは生まれつき手足がない人ばかりではない。物乞いとして生涯生きていくため、少しでも同情が集まるようにと自らの腕や足を切り落としているのだ