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# 家族

家庭内暴力から逃れるため「家族を捨てた人」に、それでも向けられる冷たい視線

「血は水よりも濃い」という呪い

機能不全家族であっても一緒にいるべきなのか

多くの人にとっては耳触りがいいであろう「血は水よりも濃い」という言葉が、家族と絶縁状態にある自分にはまるで、呪いのように思える。

私にとっての“家族”とは、無条件に愛を注いでくれる対象でも支え合える関係でもなく、今のところはただ「自分を苦しめ続ける存在」にすぎない。

典型的な機能不全家族であった私たちは、親子間、きょうだい間において互いに絶対的な愛情を持てず、いわゆる「普通の」家族関係を構築できなかった。

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自分と同じように家族と疎遠になった人、絶縁せざるを得なかった人が周りに10人ほどいる。彼ら彼女らはほとんどが家族と絶縁している事実を表向きにはしておらず、同じような境遇である人間にだけこっそりと打ち明けてくれている。

そう考えれば、家族との不和を誰にも言えず、自分の胸の内に隠している人は相当な数いるのだと思う。

私たちのような人間がなぜ家族との関係を世間に隠さねばならないかというと、現在の日本では、「家族との関係を断つ」ことに対してほとんど理解が得られないためだ。

一般的に、世間では「家族を大事にすることが正しい」という認識が強く根付いていて、家族愛を美化したり重んじたりする傾向にある。家族愛をテーマにした映画やアニメ、漫画作品が世界中で根強い人気を誇っていることも、大きく影響しているかもしれない。

ともあれ、私たちのように家族と絶縁している人間は、この社会ではいわゆる「マイノリティ」だ。

もちろん家族同士の愛情については素晴らしいものであると思うし、唯一無二のものであるため、それ自体を否定するつもりは毛頭ない。

 

問題なのは、この「家族愛」を何よりも重んじることを、他人にまで強要しようとする者が決して少なくないことだ。

様々な事情から「家族と関係を断つ」選択をしなければいけない人がいること、そして当事者がやっとの思いで下した「決断」に対し、後ろ指を指し、さらに追い込んでしまうことの恐ろしさは、一体どれほどのものだろうか。