「ノーベル賞より難しい」イグノーベル賞を日本人が14年間受賞し続けるワケ

ハムスターにバイアグラを飲ませてみた

時間に正確で、多少の熱が出たくらいでは仕事を休んだりしない。約束事は基本的にきっちり守る。イタリア人が「女好き」であるとか、ブラジル人が「陽気」であるとか、このような国民性に関する議論は「ステレオタイプだ」と批判されるかもしれないが、グローバルな視点から日本人を見た時、その「真面目さ」は群を抜いていると筆者は確信している。

そしてそこに、外聞にとらわれない「馬鹿さ」が組み合わさった時、イグノーベル賞への扉が開かれる。真面目に馬鹿なことをやる美学こそが、この賞の理念に他ならないのである。

ここにあえて言葉を付け加えるなら、「真面目」×「馬鹿」には、究極のクリエイティビティーが眠っていると思われる。

今まで誰も考えもしなかったことや、誰もやるべきではないと思っていたことを実直に成し遂げることは、時として世に革新をもたらす。GAFAをはじめ、世界の変革を担ってきたトップランナーたちには、紛れもなくそんな “クレイジーさ” が宿っていた。

しかし、個人主義が定着している欧米に比べ、集団意識の強い日本では、これまでそういった “クレイジーさ” は歓迎されてこなかった。「出る杭は打たれる」ということわざに集約される通り、他人とは違う一見 “馬鹿げた” 人材は、組織の同調圧力によって排斥される傾向にあった。特にビジネスではその流れが強かっただろう。

もしこのような風潮がなければ、日本人はさらに多くのイグノーベル賞を受賞できていたかもしれない。

2003年の授賞式。「マーフィーの法則」を提唱したエドワード・マーフィー・ジュニアが受賞したが、故人のため家族が代理で登壇[Photo by gettyimages]
 

だが、すでに時代は変わった。IT革命によって、もはや個人が大企業に勝る影響力を手にできるようになった今、日本にも間違いなく個人主義の波が到来している。「馬鹿」がビジネスにおいても幅を利かせる社会になってきている。

ゆえに、この日本人という「真面目」なアグリゲーション(集団)に、これまで排斥されてきた「馬鹿」が密に組み合わさった時、次の時代を作るイノベーションが生まれる可能性は大いにあるだろう。

日本人が毎年イグノーベル賞を受賞しているという事実は、ひょっとすると、日本の明るい未来を暗示しているかもしれない。

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