津波に呑まれた女の子の霊を、古刹の住職はどう導いたか

津波が生んだ霊体験⑥
奥野 修司 プロフィール

弟は「チエちゃん! 助けて、行かないで!」と叫んだが、姉は、自分も黒い水に呑まれる恐ろしさで、弟を置いたままひたすら逃げ続けた。弟を見殺しにしたことが、女の子にはあまりにも辛すぎたのだろう。無言で泣きながら走っていたという。

「女の子には恐怖がいっぱいで何が起きてるか分かりません。だから、とにかく無我夢中で走りました。でも、とうとう黒い水に追いつかれたのです。その瞬間、『怖い、水が来る!』と叫び、津波に呑まれていきました。女の子は、黒い何かに追いかけられていると思って逃げていましたが、呑み込まれる瞬間に黒いものの正体が海水だと分かったようです。助けを求めた弟を見殺しにした罪悪感と、それでも逃げきれなくて黒い水に呑まれる恐怖で、小さな女の子の心が潰されていくのを感じました。女の子は溺死し、シンクロしている私も同じように溺死体験をしたのです」

 

女の子の霊は、納得して成仏した

「ごめんなさい、ごめんなさい」

過去から現在に戻ったのだろう。お母さんと思っている住職夫人に、女の子は何度も何度も謝っていた。住職夫人が両手で女の子をつつむようにすると、

「お母さん、怒ってないよ。一緒に行こう、光のあるところに行こう? お花がたくさんあるよ」と言うと、ようやく安堵したようだ。

「本当? 怒ってない? 本当に?」と、なおも確かめるように言った。

この後、女の子と金田住職、そして住職夫人の3者のやりとりがしばらく続いた。

「奥さんが、怒ってないよ、大丈夫だから一緒に行こう、と何度も言ってくれたので、女の子も最後は納得したのだと思いますね。ワカナちゃんのお父さんのように諦めたのではなく、彼女の場合は納得でした」と高村さんは言った。

それにしても女の子がいるのに、手を離して亡くなった弟はどうしてこの場にいないのだろうか。ぼくは高村さんに尋ねた。

「弟は映像としてしかあらわれなくて、女の子と一緒じゃなかったですね。私といたのは女の子だけでした。だから、弟がどうなっているかはちょっと……」

納得したとはいえ、女の子は相変わらず「怒っていない?」と確認していた。不安なのか、しくしく泣きながら、いつまでも母親役の住職夫人の手を離さなかった。

「お母さん、絶対に離さないでね」

「離さないから大丈夫だよ」

そんなやりとりをしながら、死者が行くべき光の世界の入口までやってきたという。いつもなら目印となる光を見つけるのに難儀するのだが、この日はやすやすと見つかったのにはちょっと驚いたと高村さんは言う。その入口で、高村さんは光の世界に向けてそっと女の子の背中を押すと、急いで自分の体に戻った。

意識が戻ると、憑依されていた間の体験を金田住職らに説明したが、それを聞いた人たちは、きっと石巻の大川小学校の子供ではないかと口々に言った。が、高村さんにはそこまで断定できるだけの情報はなく、ただ「分かりません」とだけ言った。

高村さんは、除霊の儀式に同席していたお坊さんたちを見渡しながら、いつもなら金田住職に「光を探せ」と言われても、その光がなかなか見つからないのに、今回は意外にあっさりと探せた理由が分かったような気がした。この日は金田住職だけでなく、付き添っていたお坊さんたちも一緒に読経してくれていたのだ。読経するお坊さんの数が多いほど、そして光の世界へ送ってあげたいという思いが多いほど、光が見えやすいのではないだろうか、と思ったそうである。

ふと気がつくと、住職夫人の手は真っ赤に腫れあがり、高村さんの手は血まみれになっていた。爪が皮膚に食い込んだ痕が、儀式のすさまじさを語っていた。

実はこのとき、高村さんに憑いていたのは女の子だけではなかった。他に、家族を津波で喪ったショックで自殺した50代の男性、お腹に赤ちゃんがいて、走ったら流産するかもしれないと思い逃げ遅れて亡くなった女性、そして犬が1匹憑いていたのだ。まとめて出そうという計画だったが、女の子の除霊があまりにも衝撃的だったのか、その場にいたお坊さんたちはそんな余力がないほど疲れきっていた

「英ちゃん、頼むから今日はここまでにしてくれないか」

金田住職にそう言われ、この日の儀式はここで終了する。

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