「殺人ピエロ」ジョン・ウェイン・ゲイシー[Photo by gettyimages]

33人の青少年を性的に虐待し、殺害した男…「殺人ピエロ」の表と裏

ジョン・ウェイン・ゲイシーとは何者か

「殺人ピエロ」と呼ばれた男

「クソ喰らえ!」

将来ある33人の若者を殺害した罪で処刑された、ジョン・ウェイン・ゲイシーの最期の言葉だ。彼は非常に残忍な方法で青少年たちを性的に虐待し、殺していった。

ジョン・ウェイン・ゲイシー[Photo by gettyimages]
 

極悪な殺人事件を繰り返した彼だが、表の顔は社会的に成功を収めたビジネスマンであり、地域活動にも熱心な一面を見せていた。平時には子どもを楽しませるためにピエロの仮装をすることもあったため、「キラー・クラウン(殺人ピエロ)」と呼ばれ、ホラー映画『IT』に登場するペニーワイズのモデルとも言われている。

地域の名士と連続殺人犯。そのような彼の二面性は、どのようにして生まれたのか?

父親から見捨てられた幼少期

1942年3月17日、ジョン・ウェイン・ゲイシーはイリノイ州シカゴで生まれた。父のスタンリー・ゲイシーは、自分の技術に誇りを持った叩き上げの熟練自動車修理工だった。彼は家族に対して高圧的で、暴力を振るうこともあったという。

その父が息子に求めたのは、「男らしい大物へと育つ」こと。ゲイシーのファーストネームの由来は、1930年代からアメリカ西部劇で活躍した俳優、ジョン・ウェインである。「ミスター・アメリカ」とも呼ばれた彼の名前を息子につけるあたり、父は「アメリカ的な強い男」へ育てようとしていたことがうかがえる。

しかしゲイシーは生まれつき体が弱く、心臓に持病を抱えていた。それを知った父親は彼を完全に見限り見捨て、「しつけ」と称して徹底的に痛めつけていく。事あるごとに「クズ」「間抜け」「オカマ」といった罵声を浴びせながら革のベルトで彼のことを叩き、肉体と精神の両面から圧迫した。

そのたびにゲイシーはパニック発作を起こして失神したと言われるが、父はそれすらも「周りの気を引くための演技だ」と決めつけてさらに罵倒した。

しかしゲイシー自身は父親に認められようと必死であり、それがその後の社会的成功へとつながっていく。日常的に虐待されていたものの、ゲイシーは父親に尊敬の念を抱いていたと言われるが、後述の通り、このような父親との関係が犯行の一因となったことは否定できない。