賀来賢人さんも「池田さんとの共演が力に」

古田さんにしても生瀬さんにしても、今映像で活躍する俳優は、劇団に所属しながら映像に進出した人が多い中、成志さんは若い頃からフリーで活動していた。大学に進学するために福岡県から上京。鴻上尚史さん率いる第三舞台に所属後、早稲田大学内で劇団を立ち上げ、28歳の時にその劇団も辞めた。

「当時は小劇場ブームで、野田秀樹さんの『夢の遊眠社』、松尾スズキさんの『大人計画』、いのうえひでのりさんの『劇団☆新感線』と、個性ある劇団がたくさんある中、劇団に所属しない、フリーの舞台俳優なんて僕だけ(笑)。いろんな劇団に顔を出しているうちに、30でやっと、俳優として食っていけるかもしれない、と思えるようになった程度で。ろくな人生じゃないです。親には、申し訳ない気持ちでいっぱいです(苦笑)」

とはいえ、その独特の立ち位置は、若い俳優にも刺激を与えている。賀来賢人さんは、かつてFRaUのインタビューで、「劇団☆新感線の『五右衛門vs轟天』(15年)という舞台では、古田新太さんと池田成志さんと共演したことが、舞台をやるときの自分の力になった」と語っている。80公演という長丁場で、古田さんと池田さんがアドバイスをくれたそうだが、「古田さんは、『今の間を半間詰めろ』とか細かいテクニック指導で、言う通りにするとちゃんとウケる。でも、成志さんのアドバイスは、その通りにやってものすごくウケるときと、まったくウケないときの差が激しくて。諸刃の剣でした(笑)」と、楽しそうに当時を振り返っていた。

撮影/阿部章仁