日本の「正式」の証、天皇「御名御璽」までデジタル化できるのか?

ハンコ廃止の行きつく先に
島田 裕巳 プロフィール

「押印された文書の方が正式で権威がある」

古代から、どの文明においても印章は権力の象徴であった。発掘の結果、紀元前5000年ごろのメソポタミアで粘土板などに押すスタンプ型の印章が用いられていたことが明らかになっている。

日本の印章は、中国からの影響で生まれたものである。それも、そこには漢字が刻まれ、漢字文化圏ならではのものだからである。印章が押される紙というものが中国で発明されたことも、そこには大きく影響している。

日本最古の印章とされるのが、1784年に九州福岡の志賀島で出土した「金印」である。これは、西暦57年ごろに中国から送られたもので、そこには「漢委奴国王印」と刻まれている。

書というものも、漢字文化が生んだ東アジアに特有のものということになるが、書の世界で「書聖」と呼ばれるのが、中国の王羲之である。残念ながら、王羲之の書を愛した唐の大宗が、自らの陵墓に副葬させたことなどもあり、真筆は残されていないのだが、精密な模写は伝えられている。

そうした模写には、それを所有したり、鑑賞した皇帝や文人が、その証として押印するということが行われている。より多くの印が押されたものの方が名品だともされている。

このような印章の文化があるからこそ、これまでハンコの全面的な廃止には至らなかったことになる。押印された文書の方が、されていない文書に比べて、正式で権威がある。多くの人がそのように感じてきたからこそ、ハンコは今日にまで生き延びてきたのだ。

そこが、ハンコとともに、デジタル化のなかで不要とされているファックスとは違う。ファックスが一般の家庭にまで浸透するようになるのは1980年代から90年代にかけてのことだと思うが、印章に比べればその歴史ははるかに浅い。

 

ただ、原稿の送受信にファックスを大いに活用してきた私のような人間には、いくら時代遅れとは言え、ファックスを目の敵にする風潮はいかがなものかと感じてしまう。