初代葱師・清水寅氏

漢字も割り算もできない男が25歳で営業のトップに! トップをとるためのサラリーマンの極意

なぜネギ1本が1万円で売れるのか?(3)
「1本1万円のネギが売れている」そう聞くと驚く人も多いのでは?
『ねぎびとカンパニー』社長・清水寅氏は7社を経営する社長を脱サラし、2011年から農業を始めた中途参入組。しかし今では『ねぎびとカンパニー』のネギは1本1万円の価値が付くほどに…。

注目書籍『なぜネギ1本が1万円で売れるのか?』から毎日連載企画!
第3回では、スポーツの道を諦め、消費者金融会社へ就職した寅氏のサラリーマン時代を振り返ります。>>今までの連載はこちら!

履歴書は漢字で書き直せ

それでプロの卓球選手を目指すかというと、そうならないのが不思議なところで、卓球は高校でやめてしまいます。

大学からスポーツ推薦の声もかかっていました。でも、競艇好きの先生から「お前は運動神経が抜群だし、体も小さいから、ボートの選手になれ!」とすすめられ、その気になったのです。だから大学へは進まず、高校卒業後、ボートレーサー養成所の試験を受けました。

体力テストはダントツでした。ただ、最低体重の47キロに、少し足りなかった。計量の前日も当日も、水を飲みまくって体重を増やしました。規定体重をクリアしたときは家族そろってガッツポーズです。「俺は日本一になる!」と意気揚々でした。

ところが、中学高校と勉強をいっさいしていないから、頭が相当悪かった。学科で落ちてしまったのです。「そんなやついる?」と笑われるのですが。

※画像はイメージです。Photo by iStock
 

そこで緊張の糸が切れてしまいました。それまでの10年間、「もうこれ以上の努力はできない」というぐらい、スポーツに打ち込んできた。いきなり将来を断ち切られてしまったわけで、そこから新たに何か始めるのは無理だった。

なので、高校を出たあと1年間は、アルバイトをしながらブラブラ遊んでいました。それを見かねた友達から「お前、そろそろ就職しろよ!」と怒られたのが19歳のとき。全国展開している消費者金融会社の長崎支店に就職しました。

体育会系ですから、挨拶はいいし、声もでかい。返事は「イエス」か「はい」しかない。体力もやる気もある。「こいつを入れて良かったって、絶対に思わせますよ!」なんて生意気な発言までするので、年上の上司に可愛がられるタイプです。面接では、僕の前に16人も落ち続けたようですが、スムーズに入社が決まりました。

ただ、大問題があった。僕の提出した履歴書は、自分の名前以外、ほとんどひらがなだったのです。それまでスポーツだけの生活だったし、家でも「勉強しろ」と言われたことが一度もない。だから、簡単な漢字すら書けなかった。

面接での心証は良くても、ひらがなの履歴書では、さすがに本部の審査を通りません。面接をしてくれた支店長が「俺が教えてやるから、履歴書を漢字で書き直せ」と言ってくれた。この会社の歴史でも伝説的なエピソードだと思います。