新型コロナの影響で注目を集めている「マッチングアプリ」。スマホ一つで新たな出会いを探せるため、婚活の主流となりつつあります。
FRaU webでは、実際の取材に基づいた「アプリ婚活」のリアルを、共著作家の山本理沙さんと安本由佳さんによってノンフィクション小説としてお届け。アプリの「モテ技」テクニックも満載です。
「結婚とは」「幸せとは」について見つめ直し、見事ベストパートナーとなった留美と直彦。その陰の立役者に密着すると…?
生きながら「死んだ」男
人は、「生きながら死ぬ」という状態に陥ることができる。
一体何の話だと思われるだろう。大袈裟だと笑われるかもしれないし、メンヘラと気持ち悪がられるかもしれない。
けれど、「絶望」を侮ってはいけない。
絶望は、人の生命力を奪う。希望を奪う。気力も体力も奪い、五感の感覚すらあやふやになる。
そして徳光は数年前、実際にこの状態を経験したのだ。
それまで、徳光にとって世界はもっとキラキラしたものだった。都心のまぁまぁ上流の家庭に生まれ何不自由なく生きてきたし、家族も友人関係も円満で、受験も就職活動もそれほど苦労はしなかった。
漠然と性善説を信じていたし、世界は自分にとても優しく、恵まれた人生を当然のものとして受け入れていた。
でもそれは、それまで「たまたま運が良かった」だけだった。生まれ持った環境にあぐらをかき、あまりに無防備に生きていた。
けれどそんな徳光の世界は、ある日を境に一変する。
プロポーズまでした最愛の恋人に二股をかけられ、挙句彼女は、その男と結婚してしまった。
あのとき、徳光はまさに一度「死んだ」のだ。
自惚れたハイスペ男
鞠子とは、徳光が28歳の頃、友人主催の食事会で出会った。
まだ今ほどマッチングアプリも普及しておらず、また新型コロナウィルスなんてものも流行っていなかった時代だ。
そのため徳光は、この種の男女の出会いを目的とした会に週に何度も足を運んでいた。
あの頃は、ただ純粋に異性との出会いが楽しかった。32歳の自分にさほど老いを感じているわけではないが、やはり20代の有り余るようなエネルギーとは比べものにならない。
「いいな」と思った女の子とはその気になれば8割型うまくいったし、数人の女の子と同時進行でデートすることも多かった。
外見もそう悪くなく、外資コンサル勤務というそれなりのスペックを持っていれば、女性関係に困ることはなかったのだ。
しかしながら、徳光は遊び人を気取るタイプでもないし、多くの異性を口説き落として達成感を得ていたわけでもない。
30歳前後で結婚をするならば、時間は限られている。だから複数の女の子たちと時間を少しずつ共有するのは普通のことだと思っていた。
男にとって「いいな」と思うだけの女の子と「本命」の間には決定的な差があるからだ。
そして、徳光にとって鞠子は紛れもない「本命」だった。
1つ年下で大手損害保険会社勤務の丸の内OLであった彼女は、小動物を思わせる大きな瞳と白い肌、そして華奢な身体が印象的で、都内の有名女子校育ちという出自も徳光の理想だった。
始まりはほとんど一目惚れに近く、30歳という節目が近く中、徳光は彼女との結婚をごく自然に想像した。
他の女の子には見向きもしなくなったし、まるで壊れものを扱うように鞠子を大切にした。
そんな風に一人の女の子を大切にする自分が誇らしくもあったし、彼女もそんな徳光に応えてくれるものだと思って疑わず、さらに言えば、鞠子は幸福な女だとも思っていた。
要は、完全に自惚れていたのだ。