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「香港人」とは誰か? 中国との衝突、その根底にあるもの

「香港人」アイデンティティとその歴史

国安法施行後の香港

中国(中央)政府が香港を対象とした国家安全維持法(以下、「国安法」)を公布・施行してから、4ヵ月半が経過した。

この間、抗議活動関係者の逮捕以外にも、民主派関連の著作の図書館からの撤去、三権分立に対する公式的な否定、インディペンデント映画への検閲、香港記者協会・香港記者撮影協会が発行する会員証の無効化(事実上の取材制限)、批判的な大学教員の解雇から、最近の立法会における民主派議員の議員資格剥奪に至るまで、言論・表現の自由を急速に縮小させる措置が次々と出され、いまだ底を打っていない。

昨年は大規模な反政府抗議活動が国際的に話題となった香港だが、事態の膠着化の中で市民の間に疲労感も見られるようになり、さらに今年に入ると新型コロナウイルスの流行と、それへの対策を口実とした人の集合に対する厳しい制限が加わり、大規模な抗議活動は難しくなりつつあった。

こうしたタイミングで出された国安法は、トドメとも言っていいほどの衝撃をもたらした。

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現在、香港内部で政府による弾圧や警察による暴力を告発・批判することは日に日に難しくなっており、国際社会の注視と支援は依然重要だが、事態を打開する見通しは立っていない。香港はこのまま政治的自由を失い、ただの中華人民共和国の一都市となっていくのだろうか。

とはいえ、近隣に目を向けると、軍事政権の強硬な弾圧によって、一時は政治的な異議申し立てが完全に押さえつけられたと見られていたタイで、現在若者による急進的な反政府デモが続いている。

香港でも、実は、昨年6月に逃亡犯条例改正反対デモが本格化するまでは、活動家の逮捕や選挙立候補資格取り消しが続き、当面の間、本格的な抗議活動は難しいというのが大方の見方だった。そのような観測が当たっていなかったことは、その後の展開が物語っているが、逆に現在の状況も、1年前には予測しがたいものだった。

結局のところ、現在進行中のできごとの歴史的な意味づけが明らかになるには、もう少し先のことだろう。本稿では、性急に“結論”を下す前に、少し視点を変えてみたい。

香港の抗議行動は民主主義や言論の自由・人権などの“普遍的価値”に訴えてきたが、それが広範な盛り上がりを見せた背景には、中国共産党統治下の単なる一都市となることを拒む、「香港人」というアイデンティティが背景にあった。

以下では、香港という文化的・政治的な“想像の共同体”への帰属意識について、歴史的経緯から考えてみたい。