死後の世界は近くにある… 津波の犠牲者に「憑依」された女性の体験

津波が生んだ霊体験⑤
奥野 修司 プロフィール

「どういう世界なのですか?」

ひと言でいうとカオスでしょうか。血を垂らしている人、自分の死を受け入れてない人……。あまり思い出したくない場所ですね。それまで、そういう場所と繋がったことがなかったので、こんな近いところにあったのかと驚いたのです」

 

「そのときの高村さんも、その死後の世界にいたというわけですね」

「そうです。寒くて寒くて、全身が濡れていました。服も濡れて重く、体も鉛のように重たかった。何が起きたのか分かりませんでしたが、なぜかこれからも同じことが続くんだと思いました」という。魂が寒いと感じたというのが、ぼくにはちょっと意外だった。

いずれにしろ、彼女にすれば、これをとば口にして震災の霊たちが次々とやってくるという、そんな予感でいっぱいだった。そして、それは現実になっていく。

津波で死んだことが分からない霊

金田住職が「あなたは誰ですか!」と尋ねた。

彼女は、暗闇の中を浮遊しながら状況を眺めていたが、見えているのは「ワカナ!」と叫ぶ男だけで、金田住職の姿は見えていない。ただ男の声も住職の声も聞こえた。おそらく男も同じように金田住職の姿は見えないが、自分に尋ねられていることは分かっているから、声は聞こえたはずだという。前出の下半身がない兵隊も、金田住職の問いに対して「あなたは誰ですか」と尋ね返したのは、姿が見えていなかったからだと彼女は言う。

「お前こそ誰だ! ここはどこだ?」と男は問い返す。

「ここは寺だ。俺はそこの住職だ」

「なんで俺は寺にいるんだ。あん? 住職だと? なんで俺の前に坊主がいるんだ。ワカナはどうした?」

「ワカナとは誰なんだ? あなたはどこにいるんだ?」

「ワカナは俺の娘だよ。俺がどこにいるかって……」

男はあたりを見回す。真っ暗で寒く、自分の身体がびしょ濡れになっているのに初めて気付いたようだった。

津波で多くの人命が失われた(photo by iStock)

「ここはどこだ……、何も見えない。暗い……」

「地震が起きたことは分かってるな?」と金田住職は確かめるように言う。

男ははっと気づいたように声を荒げた。

「そうだ! 地震が来て、家内から『ワカナを迎えに行けない。渋滞にはまった』とメールが来たんだ。その時、防災無線で津波が来るって放送があったのを覚えている。だから、だから俺は慌ててワカナを迎えに海沿いの道を車で走っていたんだ。ああ、娘のいる学校へ迎えに行くところだったんだ。俺を迎えに行かせろ!」

金田住職は「それは無理だ」と静かに言った。

「なんでだ! 行かせろ!」

「その地震も津波も、もう1年前のことだからだよ」

「いちねん、前……」

金田住職の言葉に、男は膝から崩れ落ちるようにへたり込むのを彼女は見た。地震も津波も1年前だということを、このとき初めて知ったようだ。