photo by Choiniere et al.2010 / Michael B. H.

米中対立の狭間で発見、恐竜から鳥類への進化のカギとなる2つの新種

知名度は低くても意外と重要です
好評連載「恐竜大陸をゆく」。今回は、21世紀に入ってから中国で発見された新種の恐竜を紹介します。著名な恐竜「グアンロン」の陰にかくれてしまいあまり有名になっていませんが、恐竜から鳥類への進化の道筋をたどる研究上の価値はかなり高い、重要な恐竜です。

ピンインがそのまま学名になった恐竜

近年の中国では国粋主義の高まりゆえか、自国内で発見された恐竜に「○○サウルス」「○○ニクス」といったラテン語訳の名前ではなく、中国語のアルファベット(pīn yīn:拼音)をそのまま学名にする例が増えている。

本連載でも以前取り上げた、史上最も短い名前の恐竜「イ・チ」(Yi qi:奇翼龍)や、眠った状態で発見されたトロオドン科のメイ・ロン(Mei long:寐龍)も、中国語のピンインの綴りがそのまま学名になった恐竜だ。ティラノサウルスの仲間のディロング(Dilong:帝龍)やグアンロン(Guanlong:冠龍)も同様である。

今回の記事で紹介する2種類の恐竜も、やはりピンイン系の命名だ。また、「イ」や「メイ」ほどではないにせよ、属名がかなり短い。

すなわち、ズオロン・サレーイ(薩利氏左龍:Zuolong salleei)と、アオルン・ジャオイ(趙氏敖閏龍)である。いずれもコエルロサウルス類であり、復元図においては、非常に鳥に近い外見で描かれることが多い恐竜だ。

米中対立の狭間で発見される

ズオロンの化石は2001年、新疆ウイグル自治区の区都ウルムチ市から北東に約100キロの場所にある、ジュンガル盆地の昌吉回族自治州ジムサル県五彩湾の石樹溝層で発見された。約1億6000万年前、ジュラ紀後期に生息していたとみられている。体長は推定3.1メートルという若い個体だった。

ズオロン・サーレイの復元図 Illustration by Michael B. H.CC BY-SA 3.0

ズオロンはウェブ上に出ている情報が非常に少なく、発見された経緯も中国国内の一般メディアにほとんど掲載されていない恐竜だ。しかし、実際のところは、2000年からスタートしたアメリカのジョージ・ワシントン大学と中国科学院古脊椎動物・古人類研究所との共同研究プロジェクトのなかで見つかったものであるらしい。

ズオロンの発見当時(2001年夏)は、1999年5月に起きたNATO軍による駐ユーゴスラビア中国大使館誤爆事件や、2001年4月に米軍偵察機と中国軍戦闘機が衝突事故を起こした海南島事件などの影響で米中関係が非常に険悪な状況にあった。

アメリカとの共同作業での発掘を大々的にアピールしにくい状況にあったことも、発掘当時のエピソードがあまり伝えられなかった理由のひとつかもしれない。

清朝末期の重臣にちなみ命名

政治的な背景はさておき、五彩湾で見つかったズオロンの化石は複数の頭蓋骨のほか、脊椎や尾・手足などの一部の骨であった。

その特徴は明らかなコエルロサウルス類の形質を示しており、この仲間のなかでは頭骨と身体の両方が見つかった最古の事例であるとみられている。そもそもジュラ紀のコエルロサウルス類の化石自体が珍しく、意義ある発見であった。

ズオロンの発見された部位 Image by J. N. Choiniere et al. 2010 

2008年には研究の結果、どうやら1960年代に同じジュンガル盆地で見つかった白亜紀前期のコエルロサウルス類、トゥグルサウルス・ファシルス(小巧吐谷魯龍:Tugulusaurus faciles)と、共通の祖先を持つごく近い類縁関係にある恐竜であることもわかった。

この恐竜が論文として報告され、ズオロンの名前が付けられたのは2010年のことである。属名の由来は、19世紀に新疆の反乱を平定した清朝末期の重臣・左宗棠(Zuǒ Zōngtáng)にちなんでおり、種小名はこの発掘プロジェクトに遺産を寄付していたアメリカの資産家、Hilmar Salleeの名を取ったものとなった。

歴史上の人物(特に政治的な価値判断が混じりかねない近現代史の人物)の名前が付いた恐竜はちょっと珍しい。ただ、左宗棠はかつて滅亡寸前だった清朝の立て直しを図った国家の大黒柱として中国人から評判が高く、20世紀になってから彼の名を冠した「左宗棠鶏」という華僑料理が発明されたりもしている。こうした事情と、中国の新疆支配の歴史の肯定というふたつの理由を反映しての命名だったのだろう。