推しを愛せたら、世界も、自分も愛せる

推しを推すというのは、とてつもなくポジティブな行為だ。そこにドロっとした、ネチっとした感情が流れようとも、口から出てくるのは推しへの賛辞である。他者を賛美しつづけることで、きっといつか自分を肯定できる土台もできるかもしれない。

以前、ラジオのゲストに大森靖子さんが来てくれた時、こんなお便りがきた。「推しはいますが、自分のことを好きになれません、どうすれば良いのでしょう?」。それに対し大森さんは「推しがいるの? もうそれがすごいじゃん。誰かを好きになれる力があるってことだもんね」というようなこと(かなり私の意訳が入っているかも)をおっしゃっていた。そう、誰かを好きになる力があることはすごいし、それすなわち世界を愛する力、生命力に近いのかもしれないと思った。

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だから私は、弱っているときに推しを欲するのかもしれない。

ちなみに私の夫・劔樹人も、追い詰められうつむきながら日々過ごしていたときに、松浦亜弥さんにハマっている。見かねた友人が勧めてくれたそうだが、これまでアイドルに興味のなかった彼が狂おしいほどにハマったそうだ。その後、ハロプロ好きとつながり、遅れて来た青春のような、人生の宝物となる時期を過ごすことになる。

私も大好きな作品、大好きな人、キャラクターが増えて、それを共有できる大切な友人が2年前からいる。きっと今の私は、めちゃくちゃ生命力に溢れているように見えるのではないだろうか。正直、今が人生で一番楽しい。