30歳、仕事と病気で神経摩耗⇒「ハロプロ」

そして、エッセイストとして仕事を始めた2012年にハマったのが、「ハロプロ」だ。テレビに出る機会も増え、そのときに未熟な意見を語ってしまったことで自己嫌悪に陥ったり、知らない人達から大量に嫌われる経験をしたうえ、卵巣嚢腫という病気も発覚し、神経がすっかり摩耗。神聖かまってちゃんの「友達なんていらない死ね」を一人でずーっとリピしていた。そんな時、適当につけていたYouTubeでモーニング娘。が目に入り、なんの気なしに再生した。

<ああ……モー娘。って今はEDMなんだ、私EDM好き……もうちょっと見るか……。えっ、何かっこいい。この子もあの子もかっこいい、えっこんなに知らない子たちいっぱいいる、どうしよう、魅力がやばい目が追いつかない……あっ、この子の名前は何ていうの? ちょっとちょっとちょっと巻きもどし……うわ、この子もなんていう子なの? ってダンスかっこい……ああっ田中れいなさん今もギャルかわいい……あ! 道重さんだ! 可憐……なんかテレビと印象ちが……ああっだからこの子かわいい誰誰誰?>(犬山の心の声)

曲は『One・Two・Three』で、バッキバキに踊り歌う彼女らに一気に魅了された。激しく魅了されたらその後は早い。モーニング娘。のこれまでの曲をガーーーッと遡っては何周も何周もして、一晩明けたらすっかりファンの出来上がり。プラチナ期(※2)をリアルタイムで聴いていなかった自分は本当にバカだとむせび泣きながらも、一つ生きる希望(まだまだ掘り出せていない過去だったり、新曲を楽しみにすることだったり)が増えた状態になっていたのだ。久しぶりに徹夜明けの朝日が美しかった。

※2 高橋愛がリーダーに就任した2007年6月から、9期メンバー4名が加入してくる2011年1月までの間を、ファンは「プラチナ期」と呼ぶ。