エリート・安倍晋三が「庶民・菅義偉」にハメられ完敗した全内幕

まるで角栄の「権力奪取劇」のようだった
戸坂 弘毅

昨年4月、菅が新元号を発表し、「令和おじさん」として国民的人気を得た頃から、首相政務秘書官の今井尚哉ら安倍周辺は「菅長官はすっかり舞い上がっている。安倍首相の任期切れの前に自らへの禅譲を迫りかねない」と警戒し始めた。新元号の発表自体、安倍が自ら行いたいと考えたのに対し、菅は平成の前例を盾に「自分が発表する」として譲らなかったという経緯があった。

次に安倍側近たちがいきり立ったのは昨年8月だった。環境相に就任する前の小泉進次郎が、安倍よりも先に首相官邸の官房長官室を訪れて菅に結婚報告を行い、それとほぼ同時に発売された月刊文藝春秋には小泉と菅の対談が掲載された。

安倍側近たちは「全ては『菅シナリオ』による出来レースだ。菅は進次郎人気も利用して政権取りに前のめりになっている」と安倍に警戒するよう進言したものの、当時、安倍はそれを取り合わなかった。だが、退陣表明前のこの数か月というもの、安倍自身が菅の言動に不信感を募らせていたという。側近たちの懸念は現実のものとなったのだ。

それでは、なぜ安倍は、わざわざ菅の首相就任に道を開く役回りを演じることになったのか。そこには、安倍をじわじわと追い込んだ菅の見事なまでの計略があった。

 

「ライバル潰し」の連続工作

菅は7年余の官房長官在任中、公式、非公式を問わず、「トップの座を目指すつもりはないのか」と問われると「全く考えていない」と繰り返してきた。菅に近いと言われる政治記者がサシで問い質しても答えは同様だった。

ただ、多くの永田町関係者に聞いて回ると、過去には唯一の例外があった。それは1996年、衆院議員に初当選した直後だったという。横浜市議時代から菅をよく知る記者に「総理を目指しますから」と断言していたというのだ。

「いつかは官邸の主に」との思いを25年近く胸に秘め続けていた菅。それを本気で実行しようと考え始めたのは、新元号「令和」の発表で国民的人気を獲得した昨春からだ、というのが関係者の一致した見方だ。