photo by gettyimages

最善の選択を解明する「意思決定理論」の考え方

全ては「パスカルの賭け」から始まった
私たちは常に選択をし続けています。この記事を読むべきか、ほかの記事に移るべきか、あるいはブラウザを閉じて仕事に取り掛かるべきか……。そんな人生の選択において、最善のかたちを数学的な計算で見つけられるとしたらどうでしょう? この記事では人の選択にまつまる「意思決定理論」という学問について紹介します。

神の存在を信じるべきか?

17世紀に黒死病の脅威にさらされたヨーロッパでは、人々にとって死は身近な存在であったことだろう。死への不安や脅威があるときこそ、人は心のうちに神が存在するかどうかを真剣に問いかけるのではないだろうか。意思決定理論が誕生したのは、まさにこの問いかけからなのである。

ブレーズ・パスカル(1623〜1662)はその遺著『パンセ』の中で有名な「賭け」について記している。たとえ神が存在する確率がごくわずかでも、神を信じる人生を選べば、神が存在した場合、永遠の命と平安が得られる。しかし、神を信じない人生を選べば、せいぜいこの世の有限の幸せを得て終わる。したがって、「期待値」が高い神を信じる方を選ぶべきだ、というわけである。

ブレーズ・パスカル(1623-1662) photo by gettyimages

確率という概念がフェルマーとパスカルとの往復書簡を通じて形成されたというのは有名な話であるが、期待値の大小を基に最善の選択を決定するという意思決定理論の原型がこの「賭け」に見出されるというのは歴史家の一致した見解である。

最善の選択を一つに決定できる…とは限らない

人生は意思決定の連続である。就職先や結婚相手、保険の契約内容や年金受給開始年齢など、わたしたちは数多くの選択に迫られる。最近でいえば、コロナウイルス感染拡大の中にあって、人命・健康を第一に考えて外出・営業自粛すべきなのか、それとも感染しないよう用心しながらも社会・経済的活動を継続すべきなのか、国民全体が重大な意思決定を迫られてきた。こうした問題について、何が最善の選択かは意見が分かれることが多いが、ここで何か唯一の正解があると思い込んでしまうとやっかいである。

意思決定理論では、数学的な計算によって何が最善の意思決定なのかを明らかにする。このように述べると、この理論を用いれば、唯一正しい正解が得られると期待する人もいるだろう。残念ながら、そうではない。実のところ、何が最善の意思決定なのかは、一人ひとりの好みのあり方(選好)によって異なるのである。

例えば、子供の頃、夏休みの宿題のことで親と争った経験がある人もいるはずだ。子供からすれば、宿題は毎日少しずつやって夏休みが終わるまでにはすべて済ませる計画でいる。それなのに、せっかちな親が夏休みもまだ始まったばかりだというのに「早く宿題を終わらせなさい!」などと言ってくる。

これは、嫌なこと(=宿題)を先に済ませてしまうか、後まで取っておくか、そのタイミングに関する選好が、親と子で異なるために生じる齟齬である。このどちらがよいのかは個人の好み(ペース)の問題なので、唯一の正解はない。しかし、ここで人が自分の好みにこだわり、あまつさえそれが正解だと思い込むと、いらぬ争いを招くことになる。

関連書籍:『「意思決定」の科学』