『男はつらいよ』全50作から厳選した名シーンの聖地ベスト10

寅さんと一緒に日本を探しに行こう!
岡村 直樹 プロフィール

寅さん流、酒席のたしなみ

東京・葛飾柴又(第42作『ぼくの伯父さん』)

飲む、打つ、買うの三拍子そろっている者を極道者と言うのなら、寅さんは極道者ではあるまい。実のところ、彼は童貞じゃあるまいかと疑いたくなるほど女性には潔癖だし、「打つ」こともまれだからだ。残りのひとつ、酒席での飲みっぷりはどうか。

彼の酒は、飲むほどに酔うほどに気が大きくなるタイプのそれで、旅先で旧知の旅回り一座と再会すると、座員一同に大盤振る舞いし、無銭飲食のカドでブタ箱入りしたことも(第18作『寅次郎 純情詩集』)。恋も酒もほどほどということを知らない寅さんではあるが、馬齢を重ねるにつれて猥雑さが薄れてくる。

第42作「ぼくの伯父さん」に至ると、甥っ子の満男(吉岡秀隆)に酒の飲み方に関する講釈を垂れる。飲む店も、ふだんの焼き鳥屋とは打って変わって、どじょう屋に昇格。

「まず、片手に盃を持つ」。ここで、盃を鼻に引き寄せ、左右に揺らしつつ「酒の匂いが鼻の芯にずーっとしみ通ったころ、おもむろに一口」と言って酒を飲んでみせる。

「さぁ、お酒が入ってゆきますよということを五臓六腑に知らせてやる。なぁ、そこで、ここに出ている付き出し、これを舌の上にチョコッと乗せる。これで酒の味がグーンと良くなる。それからチビリ、チビリ、だんだん酒の酔いが身体にしみ通っていく」

堅実で、常識的な家庭に育った満男にとって、自由気ままな生き方を貫いている伯父さんは憧れの的だ。昨年末に公開されたシリーズ最新作『お帰り 寅さん』を観ると、伯父さんの与えた影響の大きさはいっそう明瞭となるだろう。

 

演歌、童謡なんでもござれの歌唱力

東京・柴又帝釈天(第4作『新・男はつらいよ』)

旅暮らしに明け暮れる寅さんは、旅に関わる歌をたびたび口にする。それも、タンカ売で鍛えた喉だけに朗々と歌い上げる。「旅笠道中」「誰か故郷を想わざる」「旅の夜風」「憧れのハワイ航路」「涙の連絡船」「知床旅情」など、戦前に始まって、昭和40年代ぐらいにかけての歌が目立つ。

恋の病にとり憑かれて、気分がハイになっている際に、ひょいと口をつくのは童謡である。

第4作『新・男はつらいよ』では、帝釈天題経寺に付属するルンビニ幼稚園の先生(栗原小巻)が「とらや」に下宿するや、寅さんはたちまち彼女にのぼせあがってしまう。見境のつかなくなった彼は、幼稚園に押しかけ、園児にまじってお遊戯に興じる。

柴又帝釈天の境内

その余韻が尾を引いているのであろう、寅さんは童謡「春が来た」を歌いつつご帰還となる。♪は~るが来た、は~るが来た、どこに来た~と、すっかりご機嫌である。

その様子をちらりと目にしたおいちゃん(森川信)、「ふん、どこに来たもねえもんだ。てめえの頭ん中に来たんじゃねえのか」とやった。

この場面を字面だけで追うと、肉親に対しての言葉としてはきつく響くだろうが、ぜひ映画で観てほしい。喜劇役者として鍛え上げてきた森川の「間」が絶妙である。

やることなすこと、柴又中に恥をさらしている甥っ子である。甥っ子は店の跡取りなのだ。40歳に手が届こうかというその男が、熱に浮かされたように童謡を歌いながら帰ってきたところを目にしたのだ。情けなさ、もどかしさに駆られて、思わずこぼれ出たセリフに違いないのである。観客は腹を抱えて笑いながら、おいちゃんに同情している自分に気付く。