『男はつらいよ』全50作から厳選した名シーンの聖地ベスト10

寅さんと一緒に日本を探しに行こう!
岡村 直樹 プロフィール

寅さんは愛のキューピッド

大分・湯平温泉&東京・江戸川(第30作『花も嵐も寅次郎』)

シリーズ前半の作品では、自分の恋に手一杯だった寅さんだが、中盤から後半にかけては若い男女への恋愛指南が目立ってくる。いくつもの場面が思い浮かぶけれど、傑作中の傑作は第30作『花も嵐も寅次郎』だ。

売に疲れた身体を大分県の湯平温泉で癒やしていた寅さんは、温泉の旅館で、動物園飼育係の三郎青年(沢田研二)とデパートガールの螢子(田中裕子)と知り合う。螢子に一目惚れした三郎は、別れ際、螢子に愛を告白するのだが、受け入れてもらえず意気消沈する。

三郎の純朴さに打たれた寅さんは、帰京すると、口説きのテクニックを身振り手振りよろしく三郎に伝授する。そして、まずは江戸川の散歩に行けとアドバイス。

「目にしみるような青空だ。ぽっかり浮かぶ白い雲(中略)ピーヒョロロ、ピーヒョロロ、トンビがくるりと輪をかいた。僕もあの白い雲といっしょに知らない国に行ってしまいたい」

ここからは寅さんが三郎と螢子の二役を演じる。スタッフが「寅のアリア(独唱)」と呼ぶ名場面だ。 

「あら、三郎さん、どうしてそんな寂しいことおっしゃるの/螢子さんのいる、この東京にいっしょに住むのがつらいんだ。せめて遠い北国へでも行ってしまったら、この辛さを忘れることができるかもしれない/三郎さん、ほんとのことをおっしゃって/螢子さん、僕はあなたのことを愛しています、なんてことを間違っても口に出しちゃいけないぞ。口で言わない、目で言うんだ」

ちっこい目に口ほどの物を言わせようとの熱演に、可笑しさのあまり三郎は「プハァー」と吹き出してしまい、唾が寅さんの顔にかかってしまうのであった。

沢田研二と田中裕子が、この共演をきっかけに結婚したことはご存じの通り。それに反して、口説きのテクニックを伝授した先生は、とうとう伴侶を得ぬまま西方浄土へと旅立ってしまった。

 

溜飲下がるリリーのタンカ

鹿児島・加計呂麻島(第48作『寅次郎 紅の花』)

すこぶるつきの悪妻を娶ったギリシャの哲学者ソクラテスは、若者に「結婚しなさい。良い妻を得れば幸福になれるし、悪妻を娶れば哲学者になれるからね」と言っていた、という。

車寅次郎という男は正札どおりの男だ。哲学者は無理だろうから、ぜひとも良妻を得てもらいたい―多くのファンはそう願っていたろう。当人もそう思わぬではなかったらしい。女性から言い寄られたことも一度や二度ではないのだ。

シリーズに一応の区切りをつけた第48作『寅次郎 紅の花』では、奄美大島の南に位置する加計呂麻島で、永遠のマドンナ・リリー(浅丘ルリ子)と同棲し、遠回しに結婚をほのめかされている。

条件は整った。おあとは、寅さんのひと押しあるのみ。が、ことここに至っても、寅さんは煮えきらない。いらだったリリーは、彼を罵倒する。

「かっこなんか悪くたっていいから、男の気持ちをちゃんと伝えてほしいんだよ、女は。だいたい、男と女の間っていうのは、どっかみっともないもんなんだ。あとで考えてみると、顔から火が出るような恥ずかしいことだってたくさんあるさ。でも、愛するってことは、そういうことなんだろ。きれいごとなんかじゃないんだろ」

女性にここまで言わせて、なお断を下しかねる寅さんという男、そもそも結婚する気がないのではあるまいか。女性を幸福にする自信がないものだから、「男ってものはな、引き際が肝心よ」なんて逃げを打つのだろう。