『男はつらいよ』全50作から厳選した名シーンの聖地ベスト10

寅さんと一緒に日本を探しに行こう!
岡村 直樹 プロフィール

方言を聞く楽しみ

長崎・五島列島福江島(第6作『男はつらいよ 純情篇』)

われらが寅さんの稼業はテキヤである。祭礼や縁日で道行く人を呼び止めては口先一つで怪しげな品物を売りつける稼業だ。であるから、故郷の葛飾柴又に腰を落ち着けていたのでは商売にならず、全国を股にかけての旅暮らしが日常。したがって、シリーズはロードムービーの様相を呈し、方言が飛び交うことになる。ことに、九州に出没するケースが目立つ。

第6作『男はつらいよ 純情篇』は、九州弁を存分に堪能できる。わが国の方言区分に関しては、関東圏、関西圏に二分する説に加えて、九州方言を独立させて、三つに分ける専門家が多い。九州方言は古語、とくに室町時代末期の言葉を濃厚に保ちつづけている点を重くみての区分である。

寅さんは、赤子を背に、長崎の港で途方に暮れている絹代(宮本信子)に声をかける。遊び人の亭主の元を逃げだしたはいいが、五島列島福江島の実家へ帰る金が尽きてしまったのだ。「父親の反対を押し切って結婚したから、今さら帰れない」と渋る絹代を説き伏せて父親(森繁久彌)と対面させる場面。

「亭主の元へ返れ」という父親に、もう亭主の元へは帰りたくない絹代が「どして、そげんむごかこつ」と言い張る。そして、父親は娘に説く。「お前が好いていっしょんなった男じゃろが。どっかひとつぐらい良かところのあっとじゃろ。その良かところをお前がきちーんと育ててやらんば。そん気持ちがのうて、どんな男といっしょになったっておんなじたい」

どこにでもいそうな父親の、これまたありふれた言葉のようでいて、飄逸(ひょういつ)さとペーソスをにじませる森繁の演技は舌を巻くばかり。このセリフを耳にしただけで、元を取ったような気にさせられる名場面である。

 

逆プロポーズに腰引ける寅さん

東京・亀戸天神(第10作『寅次郎夢枕』)

『寅次郎夢枕』はシリーズ第10作目にあたる。ここまでの寅さんの恋はみじめな敗北つづきだったが,本作では攻守ところを変えて、寅さんがマドンナを振ってしまう。

マドンナの千代には、昨年逝去した八千草薫が扮している。千代は寅さんの幼なじみである。彼は同級生の千代を「でかラッキョ」、異母兄妹のさくらを「ちびラッキョ」と冷やかしていた。

その千代が離婚して柴又に戻り、美容院を経営していると聞き込んだ寅さん、冷やかしていた昔をコロリと忘れ、千代に熱を上げる。

ところが、千代にぞっこんの男がもう一人。「とらや」に下宿中の大学助教授(米倉斉加年)だ。いたずらっ気から、彼のために「恋の使者」に立つ寅さん。しかし、事態は思わぬ方向へ。

あろうことか、亀戸天神の池に架かる橋の上で、千代が寅さんへ逆プロポーズしたのだ。

「私ね、寅ちゃんといっしょにいると、なんだか気持ちがホッとするの。寅ちゃんと話していると、ああ生きているんだなあって、楽しい気持ちになれるの。寅ちゃんとなら、いっしょに暮らしてもいいって、今、ふとそう思ったんだけど」

『寅次郎 夢枕』で寅さんが逆プロポーズされた亀戸天神(東京都江東区)

千代の率直な告白に、寅さんは「じょ、冗談じゃないよ」とうろたえるばかりで、またもや彼の恋は成就しない。あーあっ、こんな調子じゃ、いつまでたっても嫁さんなんぞ見つかるもんか。ファンのもやもや感は一向に解消されないままである。