『男はつらいよ』全50作から厳選した名シーンの聖地ベスト10

寅さんと一緒に日本を探しに行こう!
岡村 直樹 プロフィール

旅の極意、ここにあり

群馬県中之条町(第25作『寅次郎 ハイビスカスの花』)

近頃の旅は忙しくっていけない。なまじインターネットなど使うものだから、一瞬にしてスケジュール表が埋まってしまう。××の列車が◯◯駅に到着、何分の待ち合わせで□□行きのバスに乗って、所要時間はこれこれ、料金はしかじか…。

こんなのは旅とは呼ばない。旅のスケジュール表は余白があればあるだけ楽しい思いにありつけると心得られたい。その点、寅さんはさすがに旅慣れている。ツボを心得ている。目的地などあってないようなもので、旅先でなじみのドサまわり一座に出会えば、誘われるままに軽トラックに乗り込んでしまうのだ。

極めつけの名場面は、第25作『寅次郎 ハイビスカスの花』のラストシーンである。

ところは群馬県中之条町のバス停「上荷付場」だ。ひなびた集落であるからして、日に数本のバスしか来ないバス停である。待ちくたびれた寅さんがうとうとする間に、1台のマイクロバスが停まって、白いパラソルをさした女が降りてくる。気配を察した彼が顔を上げると、女は大きなサングラスをはずしてニッコリと微笑む。

大輪の花が開いたような笑みを浮かべているのは、誰あろうキャバレー歌手のリリー(浅丘ルリ子)ではないか。沖縄で療養中だったリリーを見舞った寅さんだったが、喧嘩別れした間柄の女。これまで因縁が重なり、互いに憎からず思い合っている仲である。

「どこかでお目にかかったお顔ですが、姐さん、どこのどなたです?」

「以前、お兄さんにお世話になった女ですよ」

「はて、こんないい女をお世話した憶えはございませんが」

「ございませんか、この薄情者!」

二人は大声で笑いつつ、マイクロバスに乗って去っていく。空は一片の雲もない日本晴れである。

こんな偶然なぞあってたまるか、とのたまう御仁には言わせておけばよろしい。行方定めぬ旅烏の真骨頂を発揮している場面として、このシーンは欠かせない。

 

雪駄履きの変なスパイ

オーストリア・ウィーン(第41作『寅次郎 心の旅路』)

稼業柄、旅慣れている寅さんだが飛行機は大の苦手である。鉄の塊が空を飛べるわけがない、と思い込んでいるのだ。という次第で、旅するのはもっぱら国内。ところが、第41作『寅次郎 心の旅路』では、飛行機に乗って音楽の都ウィーンに出かけたのには驚かされた。もっとも当人は、大分県の温泉「湯布院」と勘違いして、出かけたのではあったが。

心身症が嵩じて飛び込み自殺を図った兵馬(柄本明)を助けた寅さんは、彼に誘われてウィーンの土を踏んだ。そこで、ツアーコンダクターである久美子(竹下景子)、彼女の恩人のマダム(淡路恵子)と知り合う。そして、マダムの家に招かれる。

よもやま話のうちにマダムは、今は亡き亭主殿は、酒の輸入商を表看板にしてはいたが実はスパイだったらしいと打ち明ける。ここで、久美子が亭主殿の写真を手に取って眺める。写真が大写しになると、誰あろうオーソン・ウエルズだ。と、ウイーンを舞台としたスパイ映画『第三の男』のテーマソングがポロロン。

「寅さん、何のご商売?」

「ええ、表向きは行商人ってことになってますけど、ほんとはスパイみたいなもんですよ、私も」

ほほう、雪駄履きのスパイがいるものなら、一度でいいから御意を得たいものだ、ぜひにも。

マダムは、「変なスパイ」と吹き出してしまったが、変なスパイは、ドナウ川のほとりで「大利根月夜」を歌うんですからなあ。