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食糧をたくさん作れるようになっても食糧難は解決しない、その理由

「共有地の悲劇」をやさしく解説
『アベンジャーズ:インフィニティ・ウォー』という映画をご存じでしょうか? 「限りある資源(環境)を守るために、増えすぎた生命を無差別に半減させる」という過激な思想をもって殺戮をおこなう宇宙人サノスと、生命を守るためにサノスに立ち向かうスーパーヒーローたち(アベンジャーズ)との戦いを描いたアクション映画です。

この作品は「アベンジャーズ」というタイトルでありながら、実質的な主人公はサノスでした。ご覧になった方の中には、彼の思想に「一理ある」と共感した人もいらっしゃるかもしれません。なにしろ、生命が増えることで不都合が生じるのは、事実です。たとえば、現在起きている地球環境問題や世界的な食糧難の理由は、「人間が増えすぎたせい」と言えなくもないでしょう。もちろん、無差別に生命を奪うなどとうてい容認できないので、サノスが“悪役”であることは間違いありません。

アベンジャーズのなかには、天才科学者トニー・スターク(アイアンマン)がいました。もしサノスとトニーが敵対せず、協力して“生命増えすぎ問題”に立ち向かっていたら、どうなっていたでしょうか。きっと、トニーは技術的解決を目指したはずです。しかし……

いかなる技術を駆使しても“生命増えすぎ問題”は解決できない――「共有地の悲劇」と題した論文で、そう指摘した生物学者がいます。著書『〈正義〉の生物学』(講談社)が話題の山田俊弘氏に、「共有地の悲劇」を解説していただきました。

“不自然”な農地

写真1を見てください。これは、インドネシア・カリマンタン島における、焼畑の火入れの風景です。この写真を見て、森を焼き払おうとする炎から“自然破壊”を連想する人がいるかもしれません。

写真1 インドネシア東カリマンタン州での火入れ時の焼畑(撮影:山田俊弘)

次に、日本の棚田の8月の風景である写真2を見てください。植物の緑と空の青のコントラストが美しいこの写真からは、“自然”を感じるかもしれません。

写真2 日本の棚田(撮影:山田俊弘)

写真1からは“自然破壊”を、写真2からは“自然”を連想した人がいると思います。ですが、これらは形態こそ違うものの、どちらも農地です。そして農地は、人間が食糧生産のためにつくりだした“不自然”な、人工的な生態系です。

農地の開発は、生物多様性の豊かな自然生態系を、作物を主体とする生物多様性の著しく低い人工的な生態系に変えます。たとえば棚田の開発では、森林に覆われている山腹が切り開かれます。そして、この過程で多くの生物多様性が失われるのです。

開発された農地では、作物の生産に適した環境が整備・維持されます。つまり、作物以外の種、とくに農業生産に悪影響を与える害虫や雑草などは、積極的に排除されるのです。

このようにして農業は、(焼畑や棚田といった形態にかかわらず)生物多様性に悪影響を与えます。農地開発などによる生息地の破壊が、生物種の絶滅のもっとも大きな理由になっていることは、以前から指摘されています。

また、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が発表した第5次報告書によれば、人類が排出する全温室効果ガスの10%以上は農業に由来します(図1)。農業は地球温暖化の原因にもなっているということです。

図1 2010年における人為起源の温室効果ガスの経済部門別の直接排出の割合。農林業・その他の土地利用部門が約24%を占めている。このうちの半分以上は、農業由来だとされている。温室効果ガス排出量はCO2に換算されている(IPCC,第5次評価報告書,第3作業部会報告書,政策決定者向け要約のデータを引用)

たとえ棚田の写真からどれだけ強く“自然”を感じたとしても、それは“不自然”な、人工的な生態系です。焼畑と同じように環境に負荷をかけていることは、疑いようもありません。

農業なしでは生存できない!

ここまで読んでくださった方は、

「あなたは農業を否定するのか! 私たちが口にする食糧はどうするのだ?」

とあきれられたかもしれません。

農業は、人間の生命を維持するために必要な、“食”と直結した産業です。これを否定すれば、80億に迫りつつある人口を支えることなど、とうてい不可能です。ですから私は、農業自体を否定するつもりはありません。

むしろ私が主張したいのは、「農業が環境に負荷をかけている」という認識をわれわれは持たなければならない、ということです。国連が掲げるSDGs(持続可能な開発目標)に示されているように、あらゆる開発は、あらゆる意味で持続可能でなければなりません。農業も決して聖域ではないのです。

これは、焼畑や棚田といった農業形態が「持続可能ではない」という意味ではありません。しかし、明らかに持続可能とは言えない農業もあるでしょう。たとえば、農地を際限なく拡大し続けるようなやり方です。そんなことをすれば、いずれ地球は農地に埋め尽くされ、生物多様性や地球環境は大きなダメージを受けてしまいます。

とはいえ、農地の拡大や、単位面積当たりの食糧生産量を上げる努力が実際になされています。なぜなら、人類にはより多くの食糧が必要だからです。つまり、人類は農業をはじめて1万年以上経過したいまでも、食糧不足に苛まされているのです。