釜石で緊急事態宣言後初のラグビー試合に臨んだヤマハ15の熱き想い

東日本大震災から9年続く交流の絆
大友 信彦 プロフィール

交流のバトンは繋がっていく

昨年の訪問はワールドカップ開幕直前の9月上旬だったため、鵜住居スタジアムは使えず、試合は内陸の松倉地区にある、シーウェイブスが練習に使う人工芝の松倉グラウンドで行った。

 

ヤマハの選手とスタッフは試合前後の時間に津波の被災地を訪れ、鵜住居スタジアムの横に作られた震災伝承施設「いのちをつなぐ未来館」をチーム全員で訪問。語り部を務める、被災当時はやはりスタジアム建設地にあった釜石東中学の3年生だった菊池のどかさんから、震災講話をチーム全員で聞いた。

選手にとっては妹のような、堀川監督にとっては娘のような、二十歳を過ぎたばかりの女性が語るリアルな言葉は、聞く者の胸に染みいった。

「話を聞いてわかったのは、準備の大切さです。釜石の小中学生たちは、普段の避難訓練のときから、訓練と思わずに真剣に取り組んでいた。だからこそ、実際の震災のときに全員が避難できて助かった。訓練を訓練だと思ってたら助かっていなかったんじゃないかと思う。そのくらい、ふだんからの準備の大切さを痛感しました」(堀川)

ヤマハ発動機の本拠地・静岡県磐田市のある遠州地方は、東海地震の警戒地帯にある。地震はいつ来てもおかしくないと教育されてはいる。だけど、自分たちはそれをどこまで真剣に考えているだろう――そんな自分への問いかけを、釜石に来て、いろいろな人の言葉を聞くたびに堀川は繰り返すのだった。

9月5日の試合後、釜石への強い思いを語るヤマハの堀川監督

選手も同じだ。釜石で考えたこと、感じたことをかみしめれば、自分が災害に出会ったとき、どう行動できるだろうかと考える。それを家族と話し合う。近い人と話し合う。それは、いつ来てもおかしくない、自分の地元の災害への備えの第一歩だ。

それを知ることに、交流の価値がある。それは、五郎丸が言うように、スポーツをする意味の原点を感じることができる。

それだけの学びがあるからこそ、ヤマハは毎年のように釜石を訪れる。そして、次の世代がまた、釜石で試合をすることの意義を感じ、釜石との絆を作っていく。この試合でゲームキャプテンを務めた25歳の桑野詠真は言った。

「このコロナ下で試合ができたことには大きな意味があると思います。多くの方の協力があって、初めて試合ができた。ラグビーができたことに感謝しています。グラウンドに入ってきたとき、スタンドにいるお客さんたちの姿をみて、みなさんもラグビーが始まるのを待っていてくれたんだなと感じました。現地まで来て試合を観るのは難しい人もいたと思うけど、オンラインでも僕たちの思い、元気が伝わるよう、集中してプレーしました」

試合後のヤマハ桑野主将。コロナ禍での開催への謝辞を強調した

感謝。元気。使命感。桑野のコメントは、9年前に釜石でプレーしたときの堀川や大田尾、五郎丸の言葉とも重なって聞こえる。こうしてバトンは繋がれていく。

試合の中身も重なってみえた。試合はヤマハが61-5で勝った。ヤマハはこの日も、あの日のように手を抜くことなくハードワークを続け、容赦なくトライを奪った。シーウェイブスの選手たちも必死に食い下がったが、トップリーグ優勝を目指すヤマハは小さなミスも見逃さず、わずかな綻びもすぐさまトライに結びつけた。

後半からピッチに入った五郎丸は、タックルを受けてもびくともしないフィジカルの強さをみせつけた。それは自チームの若手だけでなく、シーウェイブスの選手に向けて、釜石の人たちに向けて、身をもって示したもののようにみえた。強くあろう。

ヤマハFWが塊になって釜石FWを押し込む。ヤマハは集中した戦いをみせた
シーウェイブスに圧勝したヤマハに、この日も大漁旗の舞うスタンドは温かかった

試合後、堀川監督はシーウェイブスの桜庭GMに伝えた。

「来年も来ていいですか? できたら今度は、ユースやスクールの子供たちも連れてきたいなと思うけど、できますかねえ」

その言葉を反芻する桜庭GMの顔は穏やかで、とても嬉しそうだった。この交流はきっと、これからも続いていく。

試合後、youtube中継を担当した伊藤剛臣さん、洞口留伊さん、釜石ラグビー応援団の浜登寿雄さんと五郎丸
今回の遠征で、ヤマハのメンバーは、定宿・宝来館の女将に記念ジャージーを贈呈

自分たちを勇気づけてもらうことが目的ではない。被災地に来てくれた人たちに、自分たちの経験から教訓を得てもらうことこそ、被災地の人たちの切なる願いだ。それをかなえるために、たくさんの人に町に来てもらい、感じて、考えてもらうこと。それがスポーツの、つまり釜石におけるラグビーの大切な存在理由、アイデンティティだ。

ヤマハにとっても、支援だけが目的ではない。静岡から釜石まで通い始めてもうすぐ10年。現地の実情を知り、生身の人間に触れ、たくさんの学びを得てきた。希望を失わないこと、相手への敬意を持つこと、相手の置かれた現実を思いやる想像力をもつこと。それはスポーツをするために、そして生きていくために、決して忘れてはいけないことなのだと、釜石への訪問はいつも思い出させてくれる。

そこには、世界が迎えている新たな災厄に向き合うためのヒントもきっとある。

関連記事

おすすめの記事