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「女性の自死増加報道」の陰で「男性の自死」はなぜ記憶されないのか

透明化されている人びとの苦しみ

#女性の自殺急増

日本でこの夏以降、女性の自殺が急増しているというニュースが、大きな波紋を呼んだ。

〈国内の女性の自殺者が増加し、8月は前年より4割増えたことが20日、分かった。韓国も同様の傾向がみられたため日本の自殺対策機関は韓国の自殺対策機関に連絡、情報を共有し分析に役立てる。自殺傾向の分析で日本の機関が韓国機関に意見を求めるのは異例。新型コロナウイルスによる事業者への営業自粛要請や失業など経済活動への影響が表面化した可能性も考えられ、日本の自殺対策機関は近く分析結果を報告する方針だ〉(産経新聞『〈独自〉女性の自殺急増 コロナ影響か 同様の韓国に異例の連絡』[2020年9月20日]より)

9月21日ごろのツイッターのタイムラインでは、「女性の自殺急増」がトレンドワードとなり、多くの人が問題意識を強めているようだった。

筆者の9月21日のTwitterに表示されたトレンドワード

いわゆる「コロナショック」が経済に甚大な悪影響を及ぼし、またその悪影響は自殺率にも影響する可能性がある――との見通しは、私も日本で新型コロナウイルスの感染が拡大しはじめた4月段階で警鐘を鳴らしていた。これは「命 vs. 経済」ではなく「命 vs. 命」の衝突を招く、つまり最終的には感染症による死者と経済的困窮による死者のトレードオフ構造を生み出すことになってしまうと。

当時この主張に同意はあまり集まらなかったが、残念ながらそれが現実のものとなりつつあるようだ。

 

「コロナショック」でまっさきに経済的な大打撃を受けたセクションが、アパレルや観光・旅行業など、比較的女性の就業者数が多い業種であったこと、またさまざまな業種で行われた雇止めやリストラにより、女性により多い非正規雇用者の仕事が失われたこと、さらには経済的に窮した女性の一時的な受け皿の側面を担っていた、いわゆる「夜の街」も、国や自治体が主導した外出自粛・ステイホームの呼びかけによって低迷したことなどが折り重なった結果といえるだろう。