勧善懲悪よりも、東京中央銀行の『お家騒動』

「巷で『半沢直樹』が話題になっているので、日頃、テレビを見ない私も今回はドラマを拝見しました。まず、多くの人はこれが単純明快な“勧善懲悪”の物語で、そこが歌舞伎と通ずると思われているようですが、私は少し違うと思っています」とおくださんは話す。

「伊佐山(市川猿之助)を始めとするヒール役の憎々しい怪演を毎週、見続けているうちに、視聴者の心の中には悪役、仇役への嫌悪感が増幅されていく。それが最大限に膨れ上がったところで半沢が一気に反撃に出てギャフンといわせることで、見ている人は胸のつかえが取れてスカッと爽快な気分になる。

悪い人が正しいことをしようとする人にバッサリと斬られるところが勧善懲悪と思われがちなのかもしれませんが、本来、勧善懲悪とは、誰の目にも絶対的に悪どい迷惑な存在を倒して懲らしめること。たとえば社会的弱者が巨大な組織から虫けらのように扱われているのを救うため、あるいは世の中の惨状を改めるために、金融の世界にいる半沢が自身のリスクも顧みずに行動を起こして悪を倒す。その結果でみんなの“いいね!”の気持ちを得られる。というのが勧善懲悪で、そう考えると、今回の半沢の話は少し違う気がします。

半沢が子会社の証券会社に出向し、古巣の銀行と敵対するという前半のストーリー展開を見ていると、これは歌舞伎の世界でいえば勧善懲悪よりもむしろ、【お家物(お

いえもの)】(注4)“お家騒動”だと思いますね」(おくだ氏)

注4:歌舞伎の代表的な演目の種類で、大名家などの内紛事件などのお家騒動を題材にしている。
「な・お・き」呼びに愛を感じるという声も多い片岡愛之助が演じる黒崎。個々に見せ場があるのも歌舞伎的だ。イラスト/鎌田貴子

なるほど。歌舞伎のお家物の代表的な演目では、仙台藩の伊達家騒動を描いた『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』や、加賀藩前田家の騒動をもとにした『加賀見山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)』などがある。

半沢にとって親会社の東京中央銀行と、子会社である出向先の東京セントラル証券は、大きな括りでいえば一つの企業。その中で、証券会社が銀行から圧力を受けたり、銀行からの出向組が証券会社の同僚を馬鹿にしていじめたりするという対立の構図は、御殿女中が古株のお局派と若い中老派の二派に分かれて争う『加賀見山旧錦絵』の展開と共通するところがあるかも。

「ドラマの作られ方に関しても、歌舞伎的だなと思うところがあります。たとえば、役員会議の大詰めのギリギリのところで半沢のスマホが鳴って、敵役の失態を暴く証拠の音声データが送られてきたり、不正を働いているとはいえ上司に対してタメ口で怒鳴り散らしたりと、いくらなんでもそれは現実にはないだろう、と思うようなことがちょくちょく起こっていますが、これは“歌舞伎の嘘”と通じるものですね。

歌舞伎の世界には、現実にはありえなくても話として盛り上がるためにはこうだろう、という嘘がたくさん出てきます。半沢のドラマのように絶妙のタイミングで何かを見つけたり、切腹をしている人が 30分も喋り続けたり……。そんな歌舞伎と同じように、『半沢直樹』もフィクションであることを楽しみながら、気軽な雰囲気で見るドラマとして人気を博しているのでしょう」(おくださん)