私は何をやりたいのか

私は何をやりたいのか。どうなりたいのか。ようやく、もっと細かく理論的に向き合いはじめた。

そのために例えばこんなことをした。

最大限に自分の可能性を引き出したAパターンの生き方と、妥協とあきらめの人生のZパターンを、考えうる限り考えてみた。やりたいと思っていても、どこかで無理だと決めつけているものはないか?と確認したかったのだ。

無限に夢想してもよいAパターンを作ることで、自分のストッパーを外して考えることができる。お金の心配もせず、逃げられそうにないしがらみも、誰かの批判もいったん置いておいて、やりたいことを想像するだけなら、タダだ

思いつく限りの「最高」と「最悪」の“たられば”を、書き連ねてみた

そのとき書いた「最高」は、世界で活躍する映画監督だったり、過疎化した地元を大都会にするとかだったと思う。「最悪」に関しては、後味の悪い映画のようなできだったので覚えていないし、割愛しておく。

最高のパターンについて考えているとき、忘れていた「ワクワク」という感情を思い出した。なんだか、不可能ではない気がしてきたのである。

死にかけていた心が、ピクンと息を吹き返した気がした

写真提供/バービー