酒に飲まれていた20代の頃

「書く」という作業によって成長を確認できた話をしたい。

芸人を始めて、「ネタ帳」という存在が私の中に生まれてから、ノートとの向き合い方ががらりと変わった。ボケやギャグを書かなきゃいけなくなったからだ。

ネタがなかなかできず追い込まれたときは、寝ているとき夢で思いついたボケを書き留めるために、枕元にノートとペンを置くようになった。余談だが、夢で「これ最高に面白いボケ思いついたぞ」というものが、現実でも面白かったためしはない。

芸人・タレントという仕事は、感情、思い出、すべてネタになるという感覚になってから、メモ書きが増えた気がする。「夢をかなえる人の手帳」という書き込みタスクの多い手帳を、かれこれ10年以上使っているが、芸人を始めたこの頃から、手帳とノートのダブルスタンバイという形ができあがった。

仕事を始めた20代半ば以降は、すべてを忘れるがごとく、毎晩酒に飲まれた。なじみの店に行けば知り合いがいて、酔った勢いで見知らぬ人と相席し、初めて会った人に何軒も連れまわされ、朝方には携帯の連絡先が何件か増えている。そして、お酒の香りを漂わせたまま、仕事場へ。現場と夜の街の往復だった。

写真提供/バービー

その頃のノートを振り返ると、字は大きく歪んでいて、文章ではなく、単語の羅列だけ。あきらかに、荒れていた。そりゃそうだろう。

とにかく、物事を深く考えることはなく、ノリで生きていた。立ち止まって考えたら、言い知れぬ恐怖に飲まれてしまうのではないかと、自分と向き合うことを避けた。実はコンプレックスだらけで、プライドも高く、恥ずかしがり屋の人間が急に大勢の人の前に出て色々と恥部を曝け出す。ネジが馬鹿になっていた。

写真提供/バービー

この頃、レギュラー番組内で私の持ち場が少ないことを心配したプロデューサーが、「好きなことや興味のあることありますか?発言の糸口を作りましょう!」と言ってくれたのに、私は何も答えられなかった。特別に反省会を開いてくれたりもしたが、そのまま番組は卒業となった。マネージャーや同期にも「周りは必死にやってるぞ、少しぐらい努力したら?」と活を入れられた。

はた目にもだらしなく見えるくらい、酒・タバコ・男にしか興味がなかった。30歳に差しかかろうという頃、全然理想に近づけていない自分に嫌気がさし、どんどん苦しくなっていた。酒で開き直るにも限界があった。

何をやっていたんだろう

ピタリと飲み屋界隈に行かなくなった。