43歳シングルで体外授精による不妊治療を始めた理由

とはいえ、いくら福祉制度が整っていても、50歳という年齢で母になるのは、相当な覚悟や勇気がなければ難しいのではと想像する。カーンさんはどんな思いで不妊治療を始め、娘のフレイア(Freia)ちゃんを産んだのだろうか。

カーンさんが不妊治療を考え始めたのは30代のとき。当時付き合っていたパートナーとの間に子供が授からなかったからだ。

「子供を持つことが人生のすべてではないけれど、私にとっては人生の一部としてすごく価値のあること。だからどうしても、子供がほしい、家族を作りたいという夢を手放したくなかったんです」(カーンさん)

カーンさんは50歳で一児の母となった。40歳までは無料だが、43歳シングルで体外授精による治療に踏み込んだ理由は 撮影/小林香織

実際に治療を始めたのは40歳を過ぎた頃で、まずは体外受精ではなく、パートナーと一緒にタイミング法や人工授精からスタート。当時はニュージーランドに住んでおり、治療も現地で行った。しかし子供は授からず、そのうちにニュージーランドで200人以上が亡くなる大きな地震(2011年 カンタベリー地震)が起こり、度重なる余震などの生活のプレッシャーにより彼との関係性が破綻、カーンさんはデンマークへの帰国を決めた。

「私はそれでも子供が欲しかったので、43歳のときに1人で体外受精の治療を始めました。父親がいるのが理想的でしたが、それよりも子供を授かることを優先したんです」(カーンさん)

治療の道は決して平坦ではなかったという。46歳までの3年間はデンマークで体外受精の治療を行ったり、一時交際していたデンマーク人男性と子供を作ろうと試みたりした。1度妊娠できたが、流産してしまい、結局国内治療のリミットである46歳になってしまった。

「医者からは『海外に行けば治療ができる』と言われましたが、当時の私には金銭的余裕もなく、両親ともにドナー提供により生まれてくる子供をどう育てていくかにも不安がありました。2〜3年間は悩みましたが、私は50歳を目前にしてロシアでの治療を決断したんです。これが最後だと心に決めて出国しました」(カーンさん)

カーンさんが治療を受けたのは実績の多い優秀なクリニックで、もし妊娠ができなかった場合、あるいは流産や死産だった場合、費用の80%を返金してくれる保証プログラムを持っていた。クリニックに20代のときの自分の写真を見せ、自分に似たドナーを探してもらい、結果的にロシア人女性の卵子とデンマーク人男性の精子提供により体外受精に成功。50歳のとき、デンマークで長女のフレイアちゃんを出産したのだ。