上から目線で、口だけ… photo/iStock
# 政治

日本の「自称リベラル」たちはなぜ「上から目線」をやめられないのか…その意外なワケ

リベラルの敵はリベラルにあり…

いま日本で「リベラル」を称する人々は、自分のロジックだけが絶対正しいと主張するばかりで、現実の生身の人間というものを忘れてしまっている──そう指摘するのは『リベラルの敵はリベラルにあり』の著者・倉持麟太郎氏だ。リベラル本来の大切な価値観を取り戻し、真に個人を尊重して民意を反映する民主主義を再生するための氏の提言とは――。

 

「上から目線」の説教ばかり

「リベラルの敵はリベラルにあり」

一見攻撃的な文言だが、過日出版された拙著のタイトルである。

まるで特定の政治勢力を批判しているかのように捉えられるかもしれないが、私が議論の対象にしたいのは、与党でも野党でも特定の政治家でも政党でもない。その先に広がる、いまだに日本政治、日本社会が獲得していないリベラルの地平だ。

AI・データグローバリゼーション社会、ポピュリズムやライト独裁が支持され台頭する市民社会……などなど、手垢がついたりカビが生えたりしている「リベラル」な概念では、もはや現代社会を泳ぎ切れない。リベラルな価値観を大切だと信じるからこそ、立憲民主主義とリベラル自体の病理現象に向き合い、これらをアップデートする必要がある。

リベラル勢力の存在感は弱まっている photo/gettyimages

現在、日本に真のリベラル勢力が存在するのかという根本的な問題も含めて、我が国ではリベラルと目される勢力は極めて劣勢である。リベラルが語る言葉や社会設計は、大多数の“生活者”たちに届かないし響かない。

これには我が国に限らない問題や我が国固有の問題含め、いくつか原因がある。