「口から食べる」をあきらめる

2回の手術を経て、母はほぼ「寝たきり」になってしまった。横になっている時間が多くなるということは、誤嚥の心配も増えるということである。老人ホームでは、食べ物を飲み下す力を保持するために「嚥下体操」をやったり、食べ物の硬さや形状を工夫したりしてくれているが、それでも唾にむせたりすることはある。それがきっかけで「誤嚥性肺炎」になることもある。

母も、この1年ほどあとで「誤嚥性肺炎」になってしまった。短期間の入院後、園から「胃ろう」の処置を提案された。口から食べているうちは、誤嚥の危険性が0にならない。誤嚥性肺炎を予防するために、おなかに胃まで通じる穴をあけ、チューブで直接胃に栄養を送る方法が「胃ろう」である。現在では内視鏡を使って孔を開けられるから体への負担は軽い。食べ物や飲み物、唾液でむせなくなるので安全性が高まるのははっきりしているが、食べ物を味わう楽しみは奪われる。クオリティ・オブ・ライフの面では悲しい選択と言わざるを得ない。「胃ろうオッケーです」と即答することはできず、いく晩か考え、肺炎を予防するという効果を優先することにした。

自分の味覚で味を楽しむことは人生の喜びとなる。しかしそれによって誤嚥性肺炎を引き起こすリスクがとても高くなったら……苦渋の決断だった Photo by iStock

孔を開ける処置をする日、病院に付き添った。処置は短時間であっけなく終わった。

特養を訪れるとき、途中でおいしいコーヒーを買い、みんなで飲むのが恒例になっていたが、母が胃ろうにしてからは、まず伯母の部屋で飲むことにした。母はもう以前のように飲めないのだから、彼女の前でカップをあおるのは残酷である。でも、実は母の分のコーヒーも毎回用意していた。カップから飲むことはできなくても、小さなスプーンで舐める程度ならいいだろう。体を起こしてスプーンを口元にもっていくと、母はコーヒーの香りを吸い込み、それから口に含んで味わった。新茶の季節に、丁寧に淹れた緑茶をスプーンで飲ませたこともあった。

むせないように気を付けていたこともあり、職員から注意されることはなかった。いや、もし咎められても、飲ませていただろうと思う。安全と人生の喜び、どちらを選ぶか問われたら、母ならきっと後者を選ぶはずだから。

【次回は10月13日(火)公開予定です】

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