気力を失い、しぼんでいく母

母は、自室のベッドに寝転がっていた。伯母と比べて足腰が弱っているので、寝ているほうが楽なのだった。寝ていないときは、車椅子を使ったり、廊下の手すりにつかまってそろりそろりと歩いていた。

特養に入ってから、母は入れ歯をはずしていることが多かった。特に、寝ているときは入れ歯なしだった。小さな部分入れ歯は外れて誤飲してしまうケースがあるので、念のためケースに保管しているとのことだった。歯がないと発音しにくいのか、めっきり口数が少なくなっている。

久しぶりに私を見ても特に感情が動いた様子はなかったが、孫の顔を見るとさすがに頬が緩んだ。学校の話、吹奏楽部の話をすると、回らない口で「へええ、そうなの」などと相槌を打ち、それなりに喜んでいるようだった。

枕元にB4サイズの紙を綴じた「歌集」があった。お茶をもってきてくれた職員が「登志子さんはお歌をたくさんご存じなんです。みんなで集まると、一番に歌ってくださるんですよ」と教えてくれた。ページをめくって好きな歌が出てくると歌い始めた。いつからか正直になった母は、「この歌は好き」「これはきらーい」と表明する。
そうか、大好きだった歌は歌えるんだ。我が家にいるときはあまり歌わなかった。もっと誘ってあげればよかったのかもしれない。

社交的な伯母と対照的に、母は閉じこもることが増えてしまった。それでも歌など少しでも元気になるヒントを施設の人たちが探してくれていた Photo by iStock

しかし、伯母が参加している書道のサークルには、母は入っていなかった。「雅号」までいただいて熱中していた書道なのに、気が乗らないらしかった。結局、彼女は催しにはほとんど参加せず、ルーティンの集まりに顔を出すだけなのだった。

はつらつと動いている伯母と対照的に、穏やかではあるけれどどこか鬱屈しているように見えた。昔は明るく元気にふるまっていたけれど、実は思いつめるタチで、気持ちを切り替えるのが下手だったのかと思い至った。