戦艦大和[Photo by gettyimages]

【科学で検証】太平洋戦争中、日本の軍艦が次々と沈没していったワケ

設計からして、そもそもダメだった…
あまり知られていないが、太平洋戦争では日本の軍艦は魚雷攻撃に非常に弱く、いとも簡単に沈没していた。そのため戦艦大和は行動が制限され、海軍の基本戦略は齟齬をきたしたのである。なぜ日本の軍艦はそれほど脆かったのか?
映画『アルキメデスの大戦』で製図監修をつとめ、大和などの設計図をすべて描いた船舶設計のプロが、このほど上梓した『日本史サイエンス』(講談社ブルーバックス)で指摘した、日本の軍艦の致命的な欠陥とは?
 

「常套句」に隠されたもの

太平洋戦争における日本の敗因は、そもそも米国と戦ったことだとは、よくいわれるところです。たしかに開戦直前の国力の差は、GNPで比べると日本は米国の約9%にすぎませんでした。これでよくも開戦したものと驚くばかりです。

しかも、日本が乏しい国力を傾けて建造した戦艦大和は、ほとんど出撃しないまま終戦直前に沈没し、戦後になってピラミッド、万里の長城と並ぶ「無用の長物」と揶揄されました。そんなものをつくった海軍は時代遅れの「大艦巨砲主義」に陥っていたと非難され、ただでさえ不利なのにこれでは勝てるはずがなかった、などと総括されています。

しかし私は、そうした常套句だけでこの戦争を語るのは、何か大事なものを見過ごすことになるように思われてならないのです。もとより歴史や軍事の専門家ではありませんので、戦略や戦術についてのくわしいことはわかりません。それでも船のエンジニアとしての立場から、指摘しておきたいことがあるのです。

世界を驚かせた「造船の神様」

太平洋戦争前の国内工業は、たしかにあらゆる点で欧米先進国より遅れていて、工作機械もすべて輸入品でした。しかし、進取の気性に富む海軍は、航空機時代の到来を世界に先駆けて予見し、1922(大正11)年には航空母艦「鳳翔」を完成させました。これは世界で初めて設計段階から空母をつくる目的で建造された、本格的空母でした。

世界初の本格的な空母「鳳翔」(ウィキメディア・コモンズ)