9月24日 化学者・櫻井錠二が誕生(1858年)

科学 今日はこんな日

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"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

1858年の今日、理化学研究所の設立に尽力した日本の化学者・櫻井錠二(さくらい・じょうじ、1858-1939)が誕生しました。

 

幕末に加賀藩士の息子として生まれた櫻井は、洋学が重要であるという母の後押しもあって早くから英語に習熟し、文明開化の時代にユニバーシティ・カレッジ・ロンドンに留学して化学を学びました。留学中には、イギリス人に親しみやすいよう自らの名前を「錠五郎」から「錠二」に改名しています。

帰国すると、櫻井は23歳で東京大学理学部の講師となり、1888年には日本で初となる博士号取得者の1人となりました。その後は東京化学会の会長を通算9期務めたり、東京帝国大学理科大学(現・東大理学部)の学長を務めるなど、櫻井は日本における学術研究の体制の整備に尽力しました。

櫻井が懇意にしていた化学者に、同じく金沢の出身で、アドレナリンの抽出で知られる高峰譲吉(たかみね・じょうきち、1854-1922)がいます。高峰は基礎研究から応用研究までを手掛ける総合研究所の設立を提唱し、櫻井は各所に働きかけて資金を集めました。こうして誕生したのが理化学研究所(理研)であり、櫻井は初代副所長を務めました。

理研で開発されたスーパーコンピュータ・京 Photo by Getty Images