どんな条件にも勝る「一緒にいて楽しい」のパワー

「ヤバい。緊張してきた……」

恵比寿ガーデンプレイスのシャトーレストラン前で、直彦はひとり声を漏らした。

ここはグルメ情報に疎い直彦でも知っている高級フレンチ。まさか“彼女”とここに来ることになるとは……人生というのはわからないものだ。

百合にきっぱりと別れを告げたその日、直彦は留美に謝罪の電話をかけた。

とにかく平謝りで「何でもするので謝るチャンスが欲しい」と言ったところ、留美が突然こんなことを言い出したのだ。

「ロマンチックなレストランでプロポーズでもしてみて」

慌てた直彦は「え……プロポーズしていいんですか!?」とよくわからない返しをしてしまい、留美にプッと吹き出された。

しかし直彦にとってはあながち冗談ではなかった。

プロポーズは先走り過ぎだとしても、留美に会ったら今度こそ、自分の気持ちをまっすぐ伝えようと思っていたから。

そこで言われた通り、自身の知る中で最もロマンチックなレストラン予約し、ドキドキしながら留美をディナーに誘ったのだった。

けれど不思議なもので、直彦の緊張は留美がやってきた瞬間に綺麗さっぱり溶けていった。

「日系アメリカ人の彼とは最終的に価値観が合わなかった。その後もエリート弁護士とマッチングしたり色々案件はあるんだけど……ピンとくる相手ってなかなかいないみたいね」

豪華絢爛なインテリアを背景にして高飛車に語る留美。そんな彼女の姿を眺めるだけで直彦の頬は自然と緩む。

今夜の彼女はノースリーブのブラックドレスを着ており、いい女度が増している。

しかしどれだけ着飾っていても、高級フレンチでの改まったデートでも、ドタキャン後の気まずい関係のはずでも、留美との会話はいつも通りの気軽さなのだった。

「で、ナオくんは?例のアプリの女王と音信不通になってからどうなの?」

「えーっと……」

急に話を振られて口ごもる。アプリの女王・さくらの後もおっぱい釣り女に暴言を吐かれたりTwitter婚活垢で晒されたり散々な目に遭ったわけだが……留美に話すようなことではない。

「僕も同じです。やっと条件が合ったと思っても心がついていくとは限らないし……」

百合との一件を思い出し、しみじみ答える。すると「何それ、意味深」と小さく睨まれ、直彦は慌てて「いや、大した話じゃ……」と誤魔化すのだった。

「あー不思議。ナオくんと一緒だと、私すっごく気が楽なの」

留美はそんなことを言い「あはは」と自然体で笑う。

「僕もです!」

思わず前のめりに答えたとき……二人の間に甘く、柔らかな空気が漂った気がした。