今、酒本さんは東京を離れ、生まれ故郷の宮城県にある小さな山村に音楽家である夫と、昨年11月に生まれた娘と暮らしている。

今夢中なのは「歌うこと」。音楽活動を通して、新たな世界との出会い方、関わり方を模索している。

「昨年から夫と一緒に8th MAY records名義で音楽活動を始めました。驚かれることもありますが、より本質的な生き方を探っていく中で、歌うことを決めました。まずは自分を最も喜ばせ、解放したいと思ったんです」

移住も心の声に耳を澄ませた結果。里帰り出産の際に訪れた山村の自然と、そこに根づき、自らの手で生きるために必要なものを生み出す人々の姿に心奪われ、ここで子を育てたいと思った。周囲からの「なぜ?」に酒本さんの答えはいつだって素直でシンプルだ。

断崖が続くネパールの山を越えて、オーガニックコスメの材料となるヤクミルクの生産現場の視察へ。

「これまでの活動も今の生活も、私にとってはどれも、美しい瞬間に出会うための“ひそやかな取り組み”なんです。これまでの活動はたまたまソーシャルビジネスという形で表に出ただけで、根本は変わりません。

今も音楽活動を通してネパールの子供たちとワークショップをやってみたいなとか、どんどんアイデアが湧いてくる。大切なのは『今、何をすると自分が喜び、満たされるのか』ということ。そこに集中して、深く潜っていけば、この小さな山村から世界に向けたプロジェクトが生まれるかもしれません」

「Lalitpur」ではネパールの標高5000mの山に生育する高山植物の精油を使ったオーガニックソープやバスソルトなどを展開。現在は原料の無駄を出さないよう、年1回の受注生産をしている。www.lalitpur.jp

「戦争に反対する唯一の手段は、各自の生活を美しくして、それに執着することである」。これは評論家の吉田健一氏の言葉で、酒本さんの胸にいつもあるものだという。

「世界から争いや不平等をなくすにはどうしたらいいか。私たちに何かができるとしたら、それは日々の暮らし、人生の中に美しい何かを見いだすこと。自分の好きなことを知り、実行できる力を持つこと。

その積み重ねの先に、誰かと共有する“美しい瞬間”がある。それは今すぐ、大きく世界を変えるものではないかもしれないけれど、自分と誰かを支えるものにきっとなる。そこから何かが変わっていくと、私は今、確かに感じているんです」

PROFILE

酒本麻衣(さかもと・まい)
(旧姓:向田麻衣)。1982年宮城県生まれ。高校在学中にネパールを訪問し、女性の識字教育を行うNGOに参加。大学卒業後は「Coffret Project」や「Lalitpur」など、おもにネパールで女性の尊厳回復や自立をサポートする活動を行う。2016年より音楽制作を開始。2019年に音楽家の酒本信太と音楽ユニット8th MAY recordsを設立。www.8thmay.com

●情報は、FRaU2020年8月号発売時点のものです。
Photo:Shinta Sakamoto ,Mai Sakamoto ,Yusuke Abe Text & Edit:Yuriko Kobayashi

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