竹中平蔵氏、中国社会でひそかに「大人気」になっていた

日中で共鳴する新自由主義の行方(1)
梶谷 懐 プロフィール

インタビューのトピックは、不良債権処理から郵政事業民営化まで多岐にわたっているが、特に1997年のアジア金融危機以降の日本経済に関する見解を問われた際の以下の発言に、現在にいたる竹中氏のスタンスがよく表れている(胡=林=法、2006)。

(この10年)日本経済の動きは非常に緩慢で、安定した停滞を経験してきました。 これはある意味で非常に危険なことです。 日本経済が(アジアの)他の国のような危機に陥らなかったことは、幸いでもあり、不幸でもあります。
(中略)もし日本が東南アジアのような危機に見舞われていたら、多くの政治家や国民は改革の重要性に気づいていたかもしれない。 しかし、日本にはそのような危機はなく、1990年代における「失われた10年」においてさえ、成長率は非常に低いものでしたが、とにかく日本経済は成長を続けていた。すなわち、危機が存在しないところに、改革への圧力は存在しないということです。

〔PHOTO〕Gettyimages
 

インタビューを実施した胡氏も、日本経済に関する竹中氏の見解を踏襲する形で、以下の様にまとめている(胡、2006)。

経済学者たちは、日本の経済衰退は周期的なものではなく、構造的なものであると明言している。構造改革が非常に困難であることが、日本経済の回復を遅らせてきたのだ。
(中略)日本は産業界・金融界・政府が一体化した、強大な社会的利益集団を形成してきた。また従来からの終身雇用制度が、日本国民の伝統的な体制への依存をもたらしてきた。このため、『小さな政府』を実現し、より一層の市場化を推進することが国家の長期的な経済発展にとって有益であるにもかかわらず、これまでは誰も改革のコストをだれ分担しようとせず、実行に移せなかったのである。

注意しなければならないのは、このような胡氏らによる竹中氏への高い評価は、あくまで中国国内の状況を念頭に置いたものである、ということだ。すなわち、上記のように胡氏が発言するとき、日本経済自体に対する興味もさることながら、やはり政府による市場への非効率な介入が横行する中国においても、市場志向的な「小さな政府」を目指す改革の断行が必要だ、という、中国国内の「改革派」としての主張が見え隠れする。