菅首相誕生の「きな臭さ」と想像以上にヤバい「河井夫妻」の悲しき末路

なぜ「熟慮に熟慮を重ねる」前に動いたのか
近藤 駿介 プロフィール

今回の自民党総裁選挙の日程などが決定されたのは9月2日の自民党臨時総務会であり、岸田、石破両氏が正式に出馬宣言を行ったのはその前日の1日、菅氏が出馬宣言を行ったのは2日のことだった。

出馬表明が岸田、石破両氏よりも1日遅かったことをもって、菅新総裁は「熟慮に熟慮を重ねた」といっているのだと思われるが、30日午後に二階幹事長が実質的に「菅支持」を打ち出したということは、29日夜の会談時に菅前官房長官の出馬は決まっていたということである。

安倍前総理退陣の情報が流れたのが28日の午後2時過ぎであるから、菅総理が総裁選出馬を決意するまでに要した時間は丸一日程度だったといえる。これを「熟慮に熟慮を重ねた」と強調するのは余りに盛り過ぎだといえる。

 

2日の総裁選出馬正式表明前に二階派と石原派が菅前官房長官に立候補要請書を渡していたほか、正式出馬表明後には、細田派と麻生派、竹下派3派の派閥の領袖が揃って「菅支持」を表明する記者会見を行ったことなどから明らかなように、自民党臨時総務会の前から二階派によって「菅新総裁」の流れは出来上がっていた。

一連の流れのなかで目を引いたのが、安倍前総理の意中の公認候補だと目されていた岸田氏の存在感の薄さだった。

岸田氏は、総裁選告示前の31日に支援要請のために総理官邸を訪問している。しかし、安倍前総理からは「自分の立場から個別の名前を挙げるのは控える」とにべもなく支援要請を断られている。

それは、この時点で安倍前総理も、まだ出馬表明もしていない「菅支持」を決めていたということであり、菅前官房長官が「熟慮に熟慮を重ねた」うえで総裁選出馬を決めた訳ではないことを物語るものだ。

「令和おじさん」をきっかけに有力な後継候補に名前が挙がるようになった菅前官房長官だったが、これまで首相への意欲を問われると「全く考えていない」と否定し続けて来た。

そんな菅前官房長官が、安倍前総理退陣表明を受けて他候補に先行して動き、早々に二階幹事長の支持を取り付け党内の「菅新総裁」の流れを作り出したというのも釈然としないものである。もちろん、内心は総裁ポストに並々ならぬ意欲を持っていた可能性も否定できないが……。