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菅首相誕生の「きな臭さ」と想像以上にヤバい「河井夫妻」の悲しき末路

なぜ「熟慮に熟慮を重ねる」前に動いたのか

菅内閣が誕生するまで

9月16日午後に開かれた臨時国会で、菅義偉自民党総裁が第99代首相に選出された。

注目の閣僚人事では、官房長官には加藤勝信前厚生労働大臣が、菅新総理にとって1丁目1番地政策ともいえる行政改革担当大臣には河野太郎前防衛大臣が就任するなど、サプライズなき菅カラーを出した顔触れになったといえる。

世襲議員でない菅新総理は、「当たり前」を重視する「国民のために働く内閣」を強調するが、残念ながらその実態は、「国民の当たり前」からかけ離れた目的を完遂するために誕生したアベノミクスの「しんがり内閣」である可能性が高い。

9月14日の自民党両院議員総会によって菅新総裁が誕生したことで、世間の注目は閣僚人事に向かっていた。しかし、今回の菅内閣誕生のクライマックスは、組閣ではなく無派閥の菅氏が初めて自民党総裁に選ばれた経緯にあったといえる。

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「私自身、熟慮に熟慮を重ねて出馬に踏み切ったわけでありますけども……」

菅新総理は、総裁選出馬に至った経緯について繰り返しこのように説明している。しかし、事実と突き合わせていくとこの説明は辻褄が合わないものだ。

安倍前総理が持病の悪化を理由に退陣表明をした8月28日だった。そしてその翌29日夜には、菅新総理(当時官房長官)は二階幹事長と会談している。そしてさらにその翌日の30日午後には二階幹事長が実質的に菅支持を打ち出し、一気に「菅新総裁」の流れが作りあげられた。