生け捕りの末、拷問されて処刑…戦国時代の忍者の悲しすぎる最期

「人買い商人」に売却されることも…
平山 優 プロフィール

しかし、北条氏の奇襲を警戒した義宣は、その慣例を破り、通行する者を誰彼構わず捕縛せよと指示したのである。ただし、注目されるのは、暮以後の通行人であり、昼間のそれはまったく対象となっていない。やはり、宵以後に動き回る人々が警戒の対象だったことがわかるだろう。

果たして、夕暮れに、佐竹方の陣屋の前を、草の荷物を担いだ2人が通りかかった。目付は、ただちに彼らを誰何したところ、ともに「味方の者です」と返答したという。そこで、佐竹方の目付が「では、お前の主人はいったい誰か」と名を問うたところ、まったく答えられなかったので、ただちに捕縛し、義宣に報告した。

義宣は、自ら2人の農夫を問いただすと、彼らは「自分たちは、北条方の忍びなどではありません」と答えた。そこで義宣は、彼らの背負っていた草の荷物を調べるよう指示した。すると、草の中に、二尺三寸ほどの刀と、火打の道具が見つかった。

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とうとう観念した彼らは、自分たちが北条方の忍の者であることを白状したのだった。北条の忍び2人は、佐竹中務大輔義久に預けられ、17日朝、北条の陣所近くで処刑され、その頸は獄門に掛けられたという。捕えられた忍びの運命は、実に苛酷だったことがわかるだろう。

生け捕りにされた、忍びや雑兵らのその後の運命がいかなるものであったかは、残念ながら定かでない。しかし、ただでは済まなかったであろう。処刑されたか、戦時捕虜は人買い商人に売られることも多かったので、売却されたかのどちらかであろう。

参考文献
藤木久志編『日本中世気象災害史年表稿』高志書院、2007年
齋藤慎一『戦国時代の終焉』中公新書、2005年、吉川弘文館復刊、2018年