離婚により、娘ふたりと故郷に戻る決意をした女装小説家の仙田さんは、折り合いの悪かった父親との関係を振り返り、ずっと以前から「親になるのが怖かった」という。しかし、生まれた長女を病院ではじめて抱っこした瞬間に「体の奥のほうから温まり」、なにかが変わり始めたーー。短期連載「娘と私の成長記録」最終話書き下ろし。
父親になるのが怖かった
子どもは私にとって他人だった。
産まれる前からそうだった。
父親と折り合いの悪かった私は自分が父親になることが怖くてたまらず、元妻の出産に立ち会った日も家でウイスキーをひと瓶近く飲んでいた。
深夜2時頃に病院から電話がかかってきて、すぐに外にでてタクシーを捕まえた。病院名を告げて、急いでくださいと言うと運転手は猛スピードで車を飛ばした。

当時住んでいた吉祥寺駅の近くから武蔵村山市にある病院まで、1時間はかかるところを40分くらいで移動しただろうか。あまりにも猛スピードだったので、いま、事故って死んだらどうなるんやろ。と思った。
病院に着いて、痛がっている元妻の腰を義母と一緒にさすっていると「違う! そこじゃない」と元妻に怒られた。
そのうち、元妻は聞いたことがないほど大きな声で叫びだした。ライオンとか熊とか、強い動物が傷ついて痛がっているとき、こんな声をだすのかも、と思った。
部屋を移動して、元妻が分娩台に乗せられると、私は頭の側に回った。片手を首の下に入れて頭を支え、片手で手を握った。
――声をかけてあげてください
看護師さんに言われたが、言葉がでてこなかった。元妻が痛そうで苦しそうで、このまま死んでしまうんじゃないかと怖くなった。
どれくらいの時間が経っただろう、元妻の脚のあいだから、助産師さんが何かを抱え上げた。元妻の声が急に途絶え、代わりにか細い泣き声が聞こえた。