(写真はすべて筆者撮影)

ある日突然、大津波が襲った…「行方不明の母」の存在を証明したもの

それぞれの日常にそっと寄り添うぬくもりを
「1分で泣ける」「1分で勇気が湧く」……ネットで2000万超の閲覧数を記録、現代ビジネスで連載中の『柴ばあと豆柴太』第1巻が発売されました。その刊行を記念して、フォトジャーナリスト佐藤慧さんの解説を特別掲載します。

「私には生意気な孫がいる」。そんなセリフから始まる何気ない日常の物語は、そのページをめくったとたん、東日本大震災による死別という形で突然途切れることとなる。娘と、そして孫を失った「柴ばあ」は、失意の中、瓦礫の中から震えながら這いだしてくる豆柴の子犬と出会った。それから8年後、ゴムまりのように元気に跳ねる豆柴は「豆柴太」と名付けられ、柴ばあのお弁当屋を手伝っている(つもりになっている)。巨大な防潮堤、いきかうダンプカー。復興工事の終わらない沿岸の小さな町で、豊かな海の幸をふんだんに使った柴ばあのお弁当は、たくさんの人々を笑顔にしていた。この漫画では、そんな日常を描きながら、大切なものを失い、心の内で少しずつその傷と向き合うそれぞれの物語を、豆柴太の小さな目線から語っていく。

柴ばあに寄り添う豆柴太
 

失われた命は戻って来ない。物語の登場人物たちは、その現実と向き合いながらも、返事のない相手に向かって声をかけつづける。柴ばあは震災前、犬が苦手だったらしい。子どもの頃に犬に噛まれて以来、「猫派」と称していた。そのため、娘や孫から「犬を飼いたい」と頼まれたときも、「オライは弁当屋だ!!飼えるわけねえだろ!?」と断ってきた。

そんな柴ばあが「豆柴太」とともに暮らそうと思ったのは、「それくらいしかもう、してやれることがないと気づいたから」だという。亡くなったふたりを喜ばせたい。陽気な豆柴太の姿を、彼岸からでも見てほしいと。しかしいつしか豆柴太は、そんな柴ばあの心の空白に、そっと寄り添い温もりを伝えてくれる存在となっていく。

その空白は、決して他の何かで埋められるものではない。けれど、ふとした瞬間に「孤独」が吹き荒ぶとき、豆柴太のような小さな温もりが、そっとその空白を、冷たい風から守ってくれるのだ。その温もりは人それぞれで、手作りの「雁月(東北の素朴な郷土菓子)」だったり、誰かの役に立てる瞬間や、時折思い出す何気ない日常の思い出だったりする。