政治はなぜ「怒りと敵意」で動くようになったのか?

リベラル・デモクラシーの後にくるもの
吉田 徹 プロフィール

ねじれたアイデンティティ

よりミクロな政治に目を向けてみよう。

2016年6月、アメリカ・フロリダ州のオーランドでは、アフガニスタン出身の両親を持つ29歳の容疑者がLGBT(性的少数者)の集うナイトクラブで発砲し、49人を殺害、53人を負傷させるという、米国史上最悪の銃乱射事件が起きた。

犯行時、本人はIS(イスラム国)に忠誠を誓っていると警察に通告しているが、その後の検証ではネット上でISについての情報を集めてはいたものの、ISと直の接触があったとは確認されていない。

犯行は、同性愛を禁じるイスラム教に感化された容疑者がホモフォビア(同性愛恐怖
症)に転じたために起きたとされた。

もっとも証言によれば、容疑者は数年前からホモセクシャルと付き合いがあり、ナイトクラブに出入りしていた彼自身を同性愛者だと思っていた知人もいたという。

この推測が正しければ、容疑者は忠誠心あるムスリム(イスラム教徒)でありつつ、同性愛者かつテロリストであったことになる。

ここで宗教的、性的、市民的なアイデンティティ(自分が自分であることを了解する意識)は奇妙なまでにねじれている。

社会と不整合が生じて、アイデンティティが攪乱され、身近な周辺の人間に暴力を向けるという現象は珍しくない。

 

テロは社会の内部からやってくる

テロといえば、遠く離れた指導者から指令が下って先進国で遂行されるようなイメージがあるかもしれない。

しかし、もはやテロは外部のものではなく、社会の内部からやってくる。テロはヨーロッパでも続発した。

南仏の有名リゾート地のニースでは、革命記念日を祝う7月14日に、海岸沿いの花火大会に集まった観客に向かって1台の大型トラックが暴走し、84名をひき殺したおぞましい事件が2016年にあった。

運転していた犯人はチュニジア生まれで3人の子を持つフランス人の男だった。彼は、妻への家庭内暴力から離別を命じられ、その後に男性、女性相手を問わず性的放蕩に耽り、アルコールや麻薬の摂取から警察にマークされていた。

彼は敬虔なムスリムでも、ましてや聖戦(ジハード)を信じる狂信者でもなかった。

イギリスもまた、2005年のロンドン・テロの記憶が新しいように、テロの対象であ
りつづけた。

2017年には、車を使って歩行者を轢くテロがたてつづけに起きている。

この年の5月、マンチェスターでは歌手アリアナ・グランデのコンサートで自爆テロが発生、20人以上が殺傷された。

アリアナ・グランデ(photo by gettyimages)

その翌月にはロンドン北部フィンズベリーのモスクをめがけてバンが突っ込み、イスラム教徒1人が死亡、10人以上が怪我をした事件が起きた。

「イスラム教徒を殺してやる」と叫んでこのバンを運転していたのは、47歳の英国人の男だった。

シンガポールで生まれ育った彼は、政治について特段意見を持っていたわけでも、普段から人種差別的な言動をしていたわけでもなく、4人の子どもの面倒をみる良き父親だったと報道された。

他方で、夫婦仲が悪化して別居状態から自殺未遂を起こすなど、精神的な疾患を抱えていたことが指摘されている。

フランスのテロリストも、イギリスのテロリストも、ともに根っからのイスラム原理主義者でも、レイシストだったわけでもないのだ。そこには三位一体が崩壊したことによるアイデンティティの空白が横たわっている。