政治はなぜ「怒りと敵意」で動くようになったのか?

リベラル・デモクラシーの後にくるもの
吉田 徹 プロフィール

50年で急増した移民

以上の指摘を共同体について具体的にみてみよう。

1950年代にイギリスに住む、いわゆる民族的マイノリティは、人口5000万人の国で数万人程度に過ぎなかった。それが21世紀に入って800万人以上に膨れ上がり、首都ロンドンでは200ヵ国語以上が喋られるような、超多文化社会となった。

アメリカはもともと多民族社会だったが、それでも1965年時点でヒスパニック系の割合は10パーセント程度、これが2015年に倍近くになり、アジア系に至ってはこの半世紀で14パーセントと、10倍近くとなった。

1970年代と2010年代を比べて、先進国社会での移民(外国生まれの市民)の割合
は、倍から3倍近くになっている。

 

単にマイノリティが増えているという話に留まらない。

ヨーロッパでは古くからのイタリア系移民がアフリカ系移民と対立し、さらにこうしたマイノリティがユダヤ系を攻撃するという「多文化的」というより、「多分化的」な社会へと変質した。

社会の超多様性は民族上のことだけではない。1968年にアメリカの一人親家庭は7パーセントに過ぎなかったのが今では25パーセントと、4分の1を占める。

ヨーロッパの離婚率は1970年と比べて2000年代にイギリス、ドイツ、フランスなどで倍以上となった。

こうした事態の展開が、それまでの共同体のあり方に変容を迫っているのだ。

「強い指導者」を望む声

「権力」にも変化が見られる。

民主主義の主導国として知られるアメリカを対象とした世論調査では、「軍事政権が望ましい」と回答した有権者は1995年に7%に過ぎなかったのが、2011年には16%と、2倍以上に増えている。

同様に、政治で「強い指導者」が良いとする割合は、1994年の24%から2014年に34%となった。

同じ傾向は他国でも見られ、「強い指導者」を望む意見は、それぞれドイツで5%、オーストラリアで6%、イギリスで5%増となっている。

日本は3%の微増だが、隣国の中国とロシアはそれぞれ28%増、23%増(1994│2009年比)だ(世界価値観調査)。

いずれの場合も、年代が若ければ若いほど、強い指導者を是とする傾向にある。これは、それまでの議会制民主主義や政党政治に代わる権力のあり方が求められていることを意味する。

「強い指導者」を望む声は世界的に高まっている(photo by gettyimages)

これに対して、人びとにとって重要な権力の源泉だった宗教の地位は低下している。

アメリカでは2007年と2014年を比べて、神を信じない/ほとんど信じないとする割合は12%から17%に増え、隣国カナダでは教会に最低月1回赴く人びとの割合は1990年に4割程度だったのが現在では2割にまで減っている(ピューリサーチセンター調べ)。

第二次世界大戦直後には8割前後が信仰心を持っていると回答していた西欧諸国でも、イギリスやフランスでその数は半減している。

教会や信仰からの解放は、新たな権力を呼び込むことになるだろう。

宗教権力に対する世俗権力の砦でもあった労働組合はどうか。

ここでも1970年代をピークに、組合員の割合は減りつづけている

先進国のなかでも組合率(全雇用者に占める組合員の割合)が高かったイギリスは、過去50%ほどだったのが現在では2割強、イタリアでは30%、4割弱あったドイツでは2割以下になっている。

もともと3割程度と組合率の低かったアメリカではすでに1割だ。

これは、労働組合を重要な資源としていた、社会民主主義政党という権力の凋落をもたらし、異なる争点を唱え、異なる権力を行使する権力の台頭を許すことになるだろう。