政治はなぜ「怒りと敵意」で動くようになったのか?

リベラル・デモクラシーの後にくるもの
吉田 徹 プロフィール

衰退する企業・労働組合・家族

「権力」の側面にも目を向けてみよう。

有形・無形に影響を与えて人の行動や思考に変化を及ぼすものを権力と呼ぶが、この源泉は、これまで「カネ」とそれに付随する社会的地位にあった。

先にみた共同体の変化は、そのままこの権力のあり方に直接的に影響を及ぼす

それまで個人に権力を行使する共同体として機能していた国家、企業や労働組合、家
族という共同体のリソースは衰退
していっており、結果として、より赤裸々な権力である物理的暴力行使や、より創造的な権力である宗教や新たな集合的単位への希求が、強度を増すようになっている。

 

争点は「価値」をめぐる分配に

「争点」にしても同じだ。

政治での争点といえば、20世紀を通じて、政府のあり方(小さいか大きいか、能動的か消極的か)、あるいは再分配のあり方(資本家優遇か、労働者階級保護か)が大きな地位を占めていた。

言い換えれば、既存の政治体制のなかでの政府の機能のあり方、あるいは階級政治こそが政治の同義だった。

しかし、先進国の政治で現在争点となっているのは、共同体を開いていくべきなのか、閉じるべきなのか、あるいは個人の自由をどこまで認めるべきか、そうでないのか、個人の安全を保障するため、より上位の権威を尊重すべきなのか、すべきではないのかという、より価値的なものの比重が増している

そのなかで、国や地域、家族や職場などの機能の変化(あるいは機能の維持)が求められているのである。

三位一体の崩壊

これまで「共同体」、「権力」、「争点」は三位一体のものとして一体性を保ち、運用されてきた。

国民国家という共同体の範囲内で争点は完結し、それは既存の政党や議会による権力によってコントロールされてきた。

しかし、この三位一体が崩壊しつつある。

共同体は多元化し、争点は共同体の境界線を越え、その結果として権力はその特性を変化させていく。このことがさらに共同体の多元化をもたらす。

企業や労組、家族といった共同体にしても同じことだ。

働く人びとの意識や忠誠は組織よりも個人に集中することで、それまでの組織が前提としていた争点解決の範囲は拡散していく。

このことによって新たな解決能力獲得のために権力が用いられたり、あるいは別の組織がその権力を収奪・補完したりすることで、これが新種の対立や摩擦の種となる。